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セゾンカルチャー、サウンドデザイン、ASMRとヒューゴ・ズッカレリ
―この前お話したとき、『Ethereal Essence』は細野晴臣さんの『COINCIDENTAL MUSIC』(1985年)みたいなものだっていうことをおっしゃったじゃないですか。そうやっていろんな発注仕事が新たな自分の音の作り方を開いてくれる側面があると思うんですよね。
小山田:そうですね。そういうものはオーダーに対してどういうアプローチができるかって、普段あんま開けない引き出しを開けるきっかけになるので、自分としても「こういうこともできるんだな」「こういうの面白いな」って発見のきっかけになる。自分の作品は自分でお題を考えなきゃいけないんで、誰か考えてくれる人いたら考えてほしいんですけど(笑)。
―2曲目の“Sketch For Spring”は渋谷PARCOのオープニング記念BGMで、これはカセットにも入っていますけれども、どういうオーダーがあったんですか?
小山田:少し前に、PARCOの館内でかかるBGMの選曲をやってて、春夏秋冬で選曲して季節ごとに1曲ずつ作ったんです。この曲は春になると、僕が選曲したいろんなアーティストの曲に混じって、何時間かに1回かかります。このときは閉館音楽とか時報も作って。
―具体的にセゾンカルチャーに関わっているわけですね。
小山田:いまのPARCOのスタッフたちもセゾンカルチャーで育ってるから、セゾンスピリッツを大事にしたい気持ちがあって。「渋谷最後のカルチャーの牙城」みたいな思いで宇川(直宏)くんを呼んでDOMMUNEをやったり、そういう心意気がすごくある人たちがいるんですよ。僕もセゾンっ子だったんで、この仕事はすごく光栄でした。
―この曲はむしろ小山田さんに近いフィールドの話でしたね。『デザインあ』もそうですが、こういうメディア横断的な広がり方は「21世紀のCornelius」を考える重要なポイントですよね。「デザインと音楽」、サウンドデザインという話になると、Corneliusの名前は一等最初に出てきますが、ご本人的にはどのような認識ですか?
小山田:たしかに言われるんだけど、サウンドデザインってみんなやってることだと思うんですよ。
―ここでいうサウンドデザインは、音の響きやテクスチャーをメロディや和声と同程度に重視するということだと思います。
小山田:そこもみんな考えてることだと思うんですけどね。でももしかすると、「空間と時間軸のなかに音を配置していくもの」として音楽を認識している人は少ないのかもしれないです。歌詞やメロディーももちろん考えますけど、僕の場合、楽曲をかたちにするにあたって、必ずそこを重視しています。
―話は変わりますが、「ホロフォニクサウンド」って覚えています? 私が学生のころ、たしか学研の『ムー』だったと思うんですが、表4か中面かに広告が載っていて、「ホロフォニクサウンド」を謳っているカセットテープを通販したことがあるんですよ。
小山田:ヒューゴ・ズッカレリさんでしたっけ? 六本木WAVEの1階の視聴機で聴きましたよ。髪の毛を切ったり、ドライヤーかけたりとかって音がすごいリアルに入ってて、ちょっと錯覚する感じのやつですよね。『ムー』でも売ってたんだ(笑)。
でもあれ、どうやってあそこまでリアルに録れるのか、手法は明かしてないらしいんですよ。ヒューゴ・ズッカレリさんはすごい人で、マイケル・ジャクソンとか、ルー・リードとか、Pink Flyoldともやってるし、Psychic TVの『テンプルの豫言』(1982年作の『Force the Hand of Chance』)にも音が入ってて。
―妙に詳しいですね。
小山田:当時めっちゃ調べたんです(笑)。中原(昌也)くんと一緒に買いに行きましたよ。その影響で『FANTASMA』はダミーヘッドとかバイノーラル録音(※)を使ったりしてます。
※バイノーラル録音とは、「ダミーヘッド(マネキンの頭)や人の両耳内に無指向性(全方位の音を同等に拾う)のマイクロフォンを取り付けて録音するステレオ録音の方法」のこと——柳沢英輔『フィールド・レコーディング入門 響きのなかで世界と出会う』(2022年、フィルムアート社)P.19より引用
―あれは衝撃でした。「音楽じゃない音響」の面白さを10代で教えてもらったというか。
小山田:そういう体験でしたね。
―あれって、いまで言うASMR的なものだと思うんですよ。
小山田:現実音の響きの気持ちよさみたいなところでは、完全にその流れですよね。
―“Forbidden Apple”はASMR的なものを意識していますよね?
小山田:してます。だからヒューゴ・ズッカレリさんも入ってます(笑)。リンゴをかじる音ってなんであんな気持ちいいんだろうって思いますね。
―リンゴをかじる音は、すごく記号的だけど音響的な複雑さがありますよね。あの音はライブラリ音源ですか?
小山田:そうですね。