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「現実に二項対立は存在する」というリアリズム
現代社会のあらゆる二項対立を包摂しながら突き進む物語は、ドナルド・トランプの伝記映画『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』にもどこか感触が似ている。しかし、同作を手がけたアリ・アッバシ監督が、二項対立を意識させながらも単純な二元論に陥らないよう多面的なストーリーテリングを志したのに対し、本作はむしろ冷淡、言いかえれば現実主義的な姿勢だと言えるかもしれない。
なぜなら、この映画には「現実に二項対立は存在する」というリアリズムが刻み込まれているからだ。ほかでもない選挙を描いた物語だからであろうが、ここには明確な境界線をめぐる対立と衝突がいくつも横たわっている。そして、それらを乗り越えられない絶望と、一方では乗り越えられるかもしれない希望の両方がひそやかに提示されている。

脚本を執筆したのは、『裏切りのサーカス』(2011年)のピーター・ストローハン。しかし、全編を貫くドライな視点は、前作『西部戦線異状なし』(2022年)でアカデミー賞の国際長編映画賞に輝いたエドワード・ベルガー監督の才によるところが大きいように思われる。
『西部戦線異状なし』で示された無骨でストイックな作風は今回もいかんなく発揮されており、美しい画面構成や細部までこだわられた音響は健在。冒頭こそ劇的だが、とりわけ中盤以降はぐっと抑制した演出が人間ドラマをあぶり出し、シリアスなテーマをときに優しい視線で、ときには突き放すように描いた。
巧みな語り口のサスペンスと、透徹した社会への目線。どうしても宗教の物語に距離を感じる方は多いだろうけれど、これはあくまでも現実を正面から見つめた作品だ。そして同時に、いぶし銀の俳優陣とフィルムメイカーによる、これぞ大人が愉しめる娯楽映画でもある。