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配信シリーズから見る、コメディの多様な進化
―配信でおもしろかった作品はありますか?
長内:上半期に配信された映画でよかったのは、ディズニープラス『ナイトビッチ』(マリエル・ヘラー監督)、アマゾンプライムビデオ『オーダー』(ジャスティン・カーゼル監督)の2本が頭抜けてました。『ナイトピッチ』は『サブスタンス』とは一種の姉妹作とも言えるユニークな作品。ただ『サブスタンス』がキツすぎたなって人は『ナイトビッチ』の方が入りやすいし、共感しやすいと思います。
長内:『オーダー』は、昔はこういう犯罪アクション映画を劇場でたくさん見れたのにっていう思いが蘇ってきます。近年、劇場で公開されるアクション映画は、アメコミ映画とか大きなイベント映画に限られちゃってますね。こういう犯罪映画の良作が劇場スクリーンにかからないのはもったいないです。
木津:僕が挙げたいのは、『ブラザーズ・ラブ』(ニコラス・ストーラー監督)と『スポイラー・アラート 君と過ごした13年と最後の11か月』(マイケル・ショウォルター監督)です。どちらも数年前、海外のゲイメディアで話題になった映画で、知らないあいだにNetflixに入っていました。劇場まで行くほどのレベルではないものの、映画館でやりづらい軽めのロマンティックコメディが配信で見られることが大事だと思っています。
木津:ただ、配信に来てくれるのはありがたいけど、やっぱりそれが全然届くべきところにも届いてないし、なんなら僕も見落としている。この状況はどうしたらいいんだろうなと、ちょっと頭を悩ませているところです。
―ドラマシリーズはいかがでしょうか?
長内:配信シリーズ全体としては、『The Last of Us』(U-NEXT)『セヴェランス』(Apple TV+)『キャシアン・アンドー』(ディズニープラス)など、この半年は人気作のシーズン2が多くて、盛り上がったのもよかったですね。
木津:シリーズも豊作でしたね。また、リミテッドシリーズとして『アドレセンス』(Netflix)の特大ヒットも印象的でした。これも、社会問題と地続きなものの例と言えるかもしれません。そうした中で、僕は『ザ・スタジオ』(Apple TV+)を推したいです。ハリウッド内輪ものの風刺コメディで業界に閉じたものではあるのですが、メジャーなハリウッド映画が弱っている中で、メジャースタジオのトップに立つ人には映画好きであってほしいという作品だと感じたんです。
木津:主人公のマットは自分も映画人の1人だと思ってるけど周囲からは「お金管理の人」としか思われていなくて。そのズレがドタバタコメディにつながるんですけど、本当は映画を制作する人だけでなく、金を出す人も映画好きじゃないとダメだよねっていう、割とのんきというか、楽観的な感じがいいなと思いました。今の映画産業の状況ってどん詰まりにあるけど、気持ちで乗り越えられるとこもあるんじゃないかみたいな楽観性がすごく好きでした。
長内:『ザ・スタジオ』を見ている視聴者側のほうが、もうハリウッド映画は終わるんだみたいな悲観してる声が多いですよね。もちろんそういう風にもこのドラマは見られるんだけれども、やっぱり毎回セス・ローゲンがひっくり返ってドタバタやってるっていうのは単純にすごく可笑しいし、楽しかった。あと、『The Rehearsal』(邦題:『ネイサンのやりすぎ予行演習』 / U-NEXT)も好きでしたが、いかがでしたか?
木津:『The Rehearsal』は今回のシーズン2がより好きかもしれないです。不条理コメディを本当に突き詰めた作品なんですけど、シーズン1の時点で批評もすごく盛り上がっていて、変わったものがおもしろがられる土壌ができたことの1つの表れだと思います。
ネイサン・フィールダーの変なコメディがこれほど盛り上がるのが、アメリカのカルチャーのおもしろさですよね。身近なレベルでも、アメリカ人の友人と「これもう見た?」みたいに盛り上がったりして。やっぱり僕は、コメディが現在、カルチャーの最先端にあるなと思っています。
長内:アメリカのテレビシリーズがピークTVと言われる時代に入り、最も多様化したジャンルが、僕もコメディだなと思っていて。便宜上、尺は30分でとか、かつてのシットコムの形式を引き継いでいる部分はありつつも、ジャンルにくくれない、カテゴライズが難しい領域にまで進化していますよね。
『The Rehearsal』は、シーズン1のほうが新鮮味もあって衝撃的だと感じたんだけど、シーズン2も最終回で度肝を抜かれました。笑いで世界を変えられるか、シリアスな課題に笑いで対抗できるか、そこに賭ける気迫が狂気の域だなと思いました。
木津:ここ数年、ポリティカルコレクトネスにまつわる議論があったときに、その正しさに対してどこまで攻められるのか、コメディはすごく問われる分野だったと思います。そこで、なんでも好き勝手やればいいという話でもなく、倫理も問われる中でどうクリエイティブなものを作るか、テレビのコメディは本当にずっとやってきたなと思うんです。それが『The Rehearsal』まで行くんだというのは感動がありました。
『The Rehearsal』もシーズン1では子どもの扱いに関して倫理的な批判もあったけれど、そこも今シーズンは調整されてきたのかなと。シーズン2も倫理的にギリギリ攻めているところもあるので、そのあたりは挑戦として見ていきたいと思います。
長内:上半期のコメディでは『MO/モー』(Netflix)のシーズン2も素晴らしかった。コメディという枠ではあるけれど、パレスチナ系の主人公が自分のルーツを辿っていくところは、真摯な個人史から現在の社会情勢を描くドラマになっていて感動的でした。
長内:あとテレビシリーズでもう一つ挙げたいのが『阿修羅のごとく』(Netflix)。僕はこれまで向田邦子作品はあまり見たことがなかったので、その作風に感動しました。人間の欲求が真正面から描かれていながら、誰も否定していないし、おおらかで、開けっぴろげな感じで、すごく気持ちよかったです。何よりキャストがものすごく良かったですね。