「完璧」だった恋人生活に終止符を打った男女二人の再生ロマンスコメディ『じゃあ、あんたが作ってみろよ』が、TVerとTBS FREEでの各話それぞれの無料配信再生数がTBS火曜ドラマ歴代1位(※TVer DATA MARKETINGにて算出【各話配信開始から8日間の再生数】)を記録するなど人気となっている。
原作は、同じくドラマ化もされた『今夜すきやきだよ』の谷口菜津子による現在連載中の人気漫画(ぶんか社『comicタント』連載)。そして、TBSの看板枠「火曜ドラマ」での人気漫画の連続ドラマ化という大役を託されたのは、『劇団アンパサンド』主宰として、脚本・演出だけでなく出演まで務め、2025年には「演劇界の芥川賞」岸田國士戯曲賞も受賞した安藤奎。普段は舞台を中心に活動しており、ドラマでも『女子高生の無駄づかい』(2020年 / テレビ朝日系)などの一部の回の脚本は担当してきたが、本作で初めて、連ドラのメイン脚本家を務めた。
そんな通称「あんたが」について、原作ファンであり、毎クール必ず20本以上は視聴するドラマウォッチャー・明日菜子がレビューする。
※本記事にはドラマの内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承下さい。
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急速に成長する「化石男」勝男と、一進一退を繰り返す「仮面女」鮎美

じゃあ、あんたが作ってみろよ!
こんなに痛快で、こんなにも声に出したくなるタイトルのドラマが今までにあっただろうか。「お前が作ってみやがれ」「てめえが作れよ」など、惜しい間違いをしている感想もネット上で飛び交っているのだが、第1話の最初の頃の勝男(竹内涼真)のような、気遣いもデリカシーの欠片もない人間に感じることは、皆同じらしい。
古風な価値観を引きずったまま生きていた勝男が、学生時代からの恋人・鮎美(夏帆)へのプロポーズに失敗したことをきっかけに、料理を通じて、自分の「当たり前」を見つめ直すドラマ『じゃあ、あんたが作ってみろよ!』(TBS系)が、絶賛放送中だ。「昭和男」を越えて「化石男」と揶揄されていた勝男だが、第1話のラストで、涙しながら「俺、変わりたい……」と呟いていた切実な姿に、胸を打たれた人も多いのではないだろうか。脅威的なスピードで様々なことを吸収する勝男に対し、本音を出せない「仮面女」鮎美は前進と後退を繰り返す日々。結婚に対する価値観が合わず、第5話のラストでは、新恋人・ミナト(青木柚)から突然の別れを告げられてしまった。しかし、別れた後に、自分の意志で髪をピンク色から茶色に染め直した鮎美の表情は、それまでのどのシーンよりも晴れやかだった。
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誰もが当事者になる可能性があり、ハマるかもしれない落とし穴

本作の原作は谷口菜津子による現在絶賛連載中の同名漫画。何を隠そう筆者は、Xで原作漫画を読んで以来、大ファンとなり単行本を買い続け、新刊の発売を待ち侘びる読者のひとりだ。そんな筆者が初めて原作『じゃあ、あんたが作ってみろよ』を読んだ時に感じたのは、脳天を撃ち抜かれるような衝撃的なおもしろさと、長年あったわだかまりがスッと消えるような爽快感だった。だがその一方で、胸の奥に居心地の悪さも抱えていた。
それはなぜかと考えてみると、『じゃあ、あんたが作ってみろよ』は、特殊な誰かを嗤う物語ではなく、全人類に共通する「ケア」の物語だからだろう。勝男と鮎美が右往左往しているのは、ダメな人間だからではない。本作は「男と女」「都会と地方」「新世代と旧世代」といった対立構造を煽るための物語でもない。誰もが当事者になる可能性があり、ハマるかもしれない落とし穴を、通称『あんたが』は描いているのだ。
たとえば、日常生活の中でパートナーには気を遣えていたとしても、自分の母親にはどうだろう。「おいしい」は伝えていても、あたたかいご飯が出てくることを「当たり前」だと思っていなかったか。食器を下げたら終わりで、特に片付けをしたこともなかったのではないか。「ありがとう」をちゃんと伝えたことはあったかな……と、過去の自分のやらかしを思い返せばキリがない。勝男の問題と同様に、自らが掲げる「女の子らしさ」に首を絞められ拗らせている鮎美の姿も、他人事には思えなくなってくるのである。
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原作の精神を感じるドラマオリジナルの場面

ドラマオリジナルながら、そんな原作の精神を感じた場面があった。第4話、鮎美の新しい恋人・ミナト(青木柚)に、勝男が「関白宣言」めいたことを言うシーン。自分と別れて早々にふたりが同棲していると知った勝男はショックを受けながらも、ミナトに鮎美のことを託すようにこんなことを言い連ねる。
「鮎美の手料理、おいしく食べてあげてほしい。おいしいから。おいしく食べてあげてほしい」
「食器用洗剤は植物性ね。鮎美は安いのでいいって言うけど、ホントは手が荒れやすいから。それから、トイレットペーパーはダブルね。鮎美はシングルでいいって言うけど、ホントはダブルが好きだから。それから……ときどき高いアイス買ってあげて。ラクトアイスじゃなくてアイスミルクじゃなくて、アイスクリームね。ちゃんとアイスクリームって書いてあるやつ」
「それから……俺が鮎美にできなかったこと、しなかったこと、思いもつかなかったこと、たくさんしてあげてほしい。鮎美のこと、任した」
それに対してミナトは、微笑みながらこう返す。
「勝男さん、大丈夫です。鮎ちゃんは誰かに任せなくても大丈夫。……だって強いですから。僕らよりずっと」
セリフだけを並べてみると、勝男の発言には「鮎美=守られるべき可愛い女の子」という図式が透けて見え、やはり鮎美の本質を見抜けていない「化石男」のように映る。一方のミナトは、性別に関係なく、鮎美という人間の強さを信じており、彼女の自主性を尊重しているようにも感じられ、「やっぱりミナトくんは令和的価値観の持ち主だな」と思わせる。
ーーしかし、お気づきだろうか。「鮎美」という人物を軸に展開されるこの一連のやりとりが、絶妙に食い違っていることに……! 鮎美の「ケア」をお願いする勝男に対して、ミナトは鮎美の「人間性」で話をまとめようとしている。つまり、勝男とミナトの間で、アンジャッシュのコントのような「スレ違い現象」が起きているのだ! 我々、初回から見続けている視聴者の中に根づいた「勝男=化石的価値観の男」「ミナト=柔軟なイマドキの男の子」という「『あんたが』バイアス」を活かして、あたかも勝男だけに問題があるかのように思わせる非常にテクニカルなシーンなのである。