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日本と訴訟社会のアメリカにおける、ノンフィクション作品に対する意識の差
入江:多くのノンフィクションが、今も生きて社会で生活している人を題材にしていますよね。それを描くことって怖いと思うんですけど、日本では出版業界や文筆の人のほうがそういう部分で戦っていて、映像業界は逃げているように思っています。ちょっと前に『バイス』(2018年 / アダム・マッケイ監督)というディック・チェイニー(ジョージ・W・ブッシュ政権の副大統領)を徹底的にこき下ろした映画がありましたけど、ハリウッドや韓国ではなにか事件が起きるとすぐ作品にするんですよ。
─そうした作品が日本でつくられにくいのはどうしてだと思われますか?
入江:やっぱり怖がっているんじゃないですかね。製作委員会システムなどは、リスクが生まれることをできるだけ減らしたいというのがあるんじゃないでしょうか。スタッフや俳優のほうもそれがだんだん「普通」になってしまっている気がします。

─例えば日本の映画やドラマに出てくる政党や政治家って架空の名前であることも多いですが、今回本作の中では、『東京オリンピック・パラリンピック』の延期を伝えるニュースが流れるシーンで、当時の安倍総理の名前が出てきますね。
入江:実は『東京オリンピック』のポスターやロゴを使うことも、最初は反対されました。でも出版の世界だったら、みんなそういうことをやっているんだから、映像もできるんじゃないかと思ったんです。アメリカは訴訟文化だから、訴えられるのが当たり前になっていて、それも含めて映画づくりの予算に計上されているんですよ。
高橋:そうした話は(アメリカを)うらやましいなと思います。本当のことを書こうとすると、訴訟が避けられない場合もあるから、考慮してほしいですよね。それもあってノンフィクションはすごくお金がかかると思われるし、さらに売れないからやる意味がないじゃないかという風潮が今は強いように思います。

─今回、実在された女性の人生を題材にされましたが、入江監督は、フィクションは現実に対してどのようなことができると考えられていますか?
入江:「フィクションが」というよりも、できることなら、この世からいなくなってしまった人について、なるべく残った人々が語り続けたほうがいいんじゃないかと思っています。忘れられてしまうのが、一番寂しいんじゃないでしょうか。
飲みの席でしゃべるのでもいいですけど、映画や書籍のような形でその人の人生をもう一度描くのはいい方法だと思うんです。僕もノンフィクションを読んでいると、リアルタイムで知らなかったことが本の中で蘇ってきて、その人の人生を追体験するようなことがあったりします。日本映画はそういうことを特に避けてきたと思っているので、今回挑戦できて新しい発見もありましたし、また続けたいと思っています。

─高橋さんは、ノンフィクションの書き手として、今回のように実話を題材にしたフィクションに対して思うことがあったらお聞きできますか?
高橋:自分は見たものしか書けない仕事なので、実際の出来事をもとにしたフィクションを観るときに、自分が知っている以上のものをいつも期待してしまうんです。今回監督がつくられた彼女の世界が、私はすごく胸に来たところがあって。それって現実は現実として大事にしながら、監督が自分のイメージも追加された結果なのかなと想像して、フィクションのつくり手の方ならではの強みが最大限に発揮されていると思いました。だから、入江監督が次はどんなことをテーマに作品を撮られるのかなと思っていますし、1からものをつくられる方を尊敬しています。
入江:ありがとうございます。僕からすると高橋さんのように現実に向かい合って描かれているのがすごいことだと思っていて、この対談も視点の違いが面白かったです。

『あんのこと』

公開:2024年6月7日(金)
出演:河合優実、佐藤二朗、稲垣吾郎、河井青葉、広岡由里子、早見あかり
監督・脚本:入江悠
製作:木下グループ 鈍牛倶楽部
制作プロダクション:コギトワークス
配給:キノフィルムズ
© 2023『あんのこと』製作委員会
公式サイト:annokoto.jp
公式X:@annokoto_movie