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Netflix『アドレセンス』が映し出すミソジニー、マノスフィア、私たちの無自覚

2025.4.22

#MOVIE

Netflixで配信中のドラマ『アドレセンス』が、大きな話題を呼んでいる。公開後2週間での視聴回数は、全世界で6,630万回を記録し、Netflixのリミテッド・シリーズ(1シーズンで完結するドラマ)として歴代1位となった。

同作で描かれるのは、殺人容疑で逮捕された13歳の少年と、家族やクラスメイトといった周辺人物たち。物語の背景には、ミソジニーや、インセル、マノスフィアといった、現代におけるトキシックな男性思想の問題がある。映画ライターのヒナタカが同作を解説する。

※本記事には作品本編の内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承下さい。

予備知識なしで観ることをおすすめしたい

本作について見る前に知っておくべき情報は、「13歳の少年が殺人容疑で逮捕される話」であり、「1話ごとのワンカット映像で4話構成」である、という程度で十分だろう。予備知識は特に必要としない、いや、何も知らずに見てこそ、各話で突きつけられる問題に、より良い意味での「ショック」を受けることができるはずだ。

この記事でも決定的なネタバレは避けたつもりだが、各話の内容には触れることをご容赦いただきたい。そして本作では「何が描かれ」「何が描かれなかったか」が、今の社会、特にSNSに潜む根深い問題にもつながっているということを、改めて整理していきたい。

なお、本作はストーリーや謎解きに引き込まれるエンタメ性も存分にありながら、重く深刻な題材が描かれているので、なるべく精神的に安定している時に観た方がいい。また、没入感が重要な作品でもあるため、スマートフォンやタブレットでの視聴よりも、大きなテレビ画面でどっしりと腰を据えて観ることをおすすめしたい。

※以下からは『アドレセンス』の各話の内容に触れています。

ワンカット映像で「地獄」を体感させられる

本作のワンカット撮影は、「当事者」の気分をリアルタイムで体験させる演出として機能している。

第1話では、「子どもが殺人容疑で連行される」早朝からの一連の流れが描かれる。13歳の少年に銃が突きつけられ、父親と共に警察署へと搬送され、弁護士がつき、警察との取り調べが始まる。カメラは主人公の少年について回るだけでなく、父親や警察官の視点に移る時もあり、「未成年の少年の逮捕における周囲の動向」も興味深く見られるだろう。

なかでも克明に描かれているのは、父親が抱く不安と恐怖、もっといえば「地獄」だ。目の前で子どもが連行され、身体検査で裸にされ、取り調べでは性的なことまで質問される。不快感と無力感に苛まれながらも、「息子は無実だと信じたい」という親として当たり前の気持ちが、その表情から痛いほど伝わってくる。

これらのシーンからは、犯罪に巻き込まれたことで数時間のうちに人生が一変する様をワンカットで描いたドイツ映画『ヴィクトリア』(2015年)、そして、いじめで同級生を殺してしまった少年の家族が生き地獄に陥る日本映画『許された子どもたち』(2020年)が連想される。鑑賞者は「息子が殺人容疑で逮捕される1時間」という、特に親にとっては現実で絶対に直面したくない「地獄」を擬似体験することになる。

各エピソードで描かれた当事者たちの地獄

以降のエピソードでも当事者たちが直面する精神的な「限界」や、それを超えた「地獄」が、自分のことのようにはっきりと感じられるだろう。

第2話では、警察官が学校へと聞き込みに訪れ、逮捕された少年の同級生、警察官の息子、また殺された少女の親友から証言を集める。その過程で学校という場所での抑圧や偏見、逮捕された少年が嘲笑の的になっていたことが明らかになる。事件後の第三者からの視点ではあるが、だからこそ少年自身が置かれた場所の地獄がつぶさに伝わる。

第3話は、女性臨床心理士による少年へのカウンセリングを映し出し、カメラが様々な場所を移動していたこれまでとは異なり「一室のみ」で展開する。これまでは年相応の純朴さ、または聡明さを感じられた少年だが、この対話では彼の中にある「歪み」が顕在化する。SNSの扱い、女性の見方、「自己愛」の強さ、それに付随する有害な男らしさ……それらすべてが一室の中でのみ、臨床心理士にぶつけられるという閉塞感、圧迫感もあいまって、観ていて本当に辛く苦しくなる。

第4話では、少年の家族の日常が描かれる。彼らは穏やかに暮らしているように見えて、どこか「影」がある。また、時には嫌がらせを通り越した犯罪行為に見舞われる様が切なく苦しい。ホームセンターの店員は「善意の理解者」のようではあるが、彼もまた一面的な見方に囚われており、自分の「正義」を信じることの危うさが見てとれる。

なお、各話冒頭に表示される「○日目」というテロップも重要な要素だ。時間による変化、あるいは「変わらなかった」こともショッキングなので、ぜひこの「日数経過」も強く意識して観てほしい。

デジタルネイティブ世代にはより深刻かもしれない「マノスフィア」の問題

本作は、ミソジニー(女性蔑視)や、インセル(非自発的独身者)による女性への責任転嫁といった問題だけでなく、「マノスフィア」の危険性も提示している。

マノスフィアとは、男性がより「男らしくなる」方法や異性との関係へのアドバイスを提供するオンラインコミュニティの総称である。そこでは、女性を性的対象としてステレオタイプ的に扱ったり、男性の社会的な孤独や挫折がフェミニズムに起因する論調など、ミソジニー的な思想が根を張っている。

こうした問題は大人のコミュニティでも顕在化しているが、まだ自己を確立しておらず精神的にも不安定な思春期の少年少女、しかも日常的にSNSに触れるデジタルネイティブ世代にとっては、より深刻だ。彼ら彼女らの「世界」を知らない大人がその危険性を想像し、理解する契機となり得るという点でも、本作には大きな意義がある。

本作で共同クリエイターを務めたジャック・ソーンは、リサーチの過程で目にした、思春期の若者たちが「なぜ女の子に好かれないのか」を説明するインセル思想を取り入れた個人ブログに衝撃を受けたという。インフルエンサーのみならず、個人が拡散した主張がいかに若者に影響を与えるか、あるいは価値観を支配するかにも、危機感を持つ必要がありそうだ。

参考:Netflix「アドレセンス」のクリエイターが語る“マノスフィア”の深層──その引力に潜む危うさ | WIRED.jp

殺された少女の視点を描かなかった意義

前述してきた通り、本作で描かれるのは殺人容疑で逮捕された少年やその家族、周囲の人々が遭遇する「地獄」だ。その一方で、完全に「描かれなかった」ことがある。それは「殺された少女」と「事件当日」の様子だ。

被害者の少女については、その親友の少女や、逮捕された少年から断片的に語られるだけであり、彼女自身の姿が映像に映し出されることはほとんどない。事件当日のことも、「証拠」としては提示されている以外は、鑑賞者は当事者の証言から推測(ほぼ確定)できるのみだ。

こうした社会的なテーマを扱った作品で「一方の視点のみ」を描くのは危うさがあるようにも思えるところだが、むしろフェアで誠実な描き方であると強く感じる。なぜなら本作は、一方の視点が持つ「思い込み」の恐ろしさを描いている作品であり、観る者にその構造を自覚させる作品だからだ。もしも、本作で殺された少女の視点を描いてしまうと、逆説的に「加害者側の言い分も一理ある」といったような、悪い意味での免罪符を与えてしまいかねない。

実際の殺人や凄惨な事件においても、人々は憶測で物事を語り、時に正当な批判を超えた糾弾をしたりもする。そして、私たちはその他の事象においても、無意識的にせよミソジニー、インセル、マノスフィアに陥ってしまう可能性がある。劇中のような「一線を超えた」過ちをしないよう、誰もが今一度認識を改めなければならないと、『アドレセンス』を観て痛感させられた。

なお、フィリップ・バランティーニ監督は、2022年に日本でも公開された映画『ボイリング・ポイント/沸騰』でも、レストランを舞台に、人種差別や同性愛嫌悪など、現代社会の切実な問題をワンカット映像で描いた。そちらも『アドレセンス』と同様にこの世に偏在する地獄を見つめ直すきっかけとなるだろう。併せて体感していただきたい。

『アドレセンス』

Netflixシリーズ「アドレセンス」独占配信中
https://www.netflix.com/Adolescence

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