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写真家・クリスティーナ・ロシュコワに聞く、ロシアの今と表現活動。母国を去った理由

2026.4.1

#ART

ロシア人写真家クリスティーナ・ロシュコワの写真集『unbewitched/アンビウィッチド』が2026年春に日本で刊行され、同タイトルの写真展がPARCO MUSEUM TOKYOで開催されている。

ロシアには、裕福な家庭かどうかにかかわらず、「ダーチャ」と呼ばれる別宅を田舎に持つ風習がある。週末や長期休暇を過ごすための農園付き別荘のようなものだ。コロナ禍、都会を離れて田舎のダーチャに知人たちと集まった中で撮影したシリーズから着想を得て、展示空間はダーチャをイメージして構成されている。中に足を踏み込んで鑑賞すると、一見するとエキセントリックな印象のある作品が並ぶが、エロティックになりすぎず、過激に挑発する表現に走っているわけではないことが画面から伝わってくる。撮影者であるクリスティーナとモデルたちとの親密さから彼女たちのパーソナルな世界を想像させ、また同時に、ロシアの風土を読み取ることもできる。

2008年に終わった高度経済成長を経て、「アンビウィッチド(魔法が解かれた、夢から覚めた)」となった現在でもなお、ファンタジーを求める少女や少年、性的マイノリティとされる若者たちを被写体に撮影を行う1996年生まれの彼女にインタビューを行った。話を聞くと、本が1冊もない母子家庭に育った彼女が、美学に興味を持ち、独自の写真表現を手に入れた背景を知ることができた。

自由な活動を禁じられ、母国を去った彼女が表現を続ける理由とは? 母国を捨て「アンビウィッチド」となった彼女の声に、じっくりと耳を傾けてほしい。

※本文内に掲載の展示作品写真は、一部に性的、暴力的な表現を含みます。

図書館が逃げ場だった学校生活。ふとしたきっかけで開いた、写真家の道

—大学では哲学科に進学し、卒業後に写真アカデミー「フォトグラフィカ」で写真を学んだそうですが、まず哲学科ではどのような分野を専攻されたのでしょうか。

クリスティーナ:ペルミ国立大学の哲学科のテーマはマルクス主義でしたが、学生は好きな分野を選ぶことができたので、私は美学や映画の哲学を専攻しました。例えば美学においては、何をもってアートと呼べるのかというヴァルター・ベンヤミンによるアートの定義や、彼が論じた「アウラ」に興味を持ち、研究しました。また、映画におけるフェミニズム批評や、卒業論文ではイタリアの映画監督であるピエル・パオロ・パゾリーニをテーマに選んだり、色々な角度から美学について考察しました。

それと、これはロシア固有のものだと思うのですが、ロシア正教において、狂人であり聖人に近い存在として崇められもする「ユロージビイ(=佯狂者)」という人々の存在についても研究しました。学生時代には自分がアーティストになることは想像もせず、研究者になると思っていました。

クリスティーナ・ロシュコワ
1996年にロシアのペルミ生まれ。2015年、ペルミ国立大学哲学科に入学。2021年にサンクトペテルブルク大学実践哲学科修士課程と写真アカデミー「フォトグラフィカ」を同時に卒業。同年に『British Journal of Photography』に「見るべきトップ20人の若い写真家」のリストに入選。『Vice』『PHROOM Magazine』、『Calvert Journal』『Fisheye Magazine』など、様々なファッション&カルチャー雑誌に紹介される。2022年に初写真集の『The Bliss of Girlhood』を出版。2023年、ヴォーグ主催の若手写真家オーディション企画「PhotoVogue」の「What is Beauty?」グローバルオープンコールに選ばれる。2026年、ドイツのビーレフェルトの「Artist Unlimited」芸術家協会でアーティスト・イン・レジデンスとして現地に長期滞在が決定。

—大学でそうした分野に進んだということは、美術や哲学が身近な家庭環境に育ったのでしょうか。

クリスティーナ:まったくそうではありませんでした。子どもの頃は母と2人暮らしで、家に本は1冊もなく、母の周りに知的な人やセンスのある人がいたわけでもありません。母と私とたくさんの犬と一緒に、あちこちを引っ越しながら生活していました。

右は犬の写真。クリスティーナは幼少期、「犬を友として過ごした」という(作品集『unbewitched』より)。左『We love dirt』(2025年) / 右『Deep latch』(2020年)
『Show me your teeth』(2020年)

クリスティーナ:通った学校もあまりレベルが高くはなく、いじめられることもあり、そうするといつも図書館に逃げてずっと本を読んでいました。そこで美学や哲学に興味を持つきっかけが生まれたと思います。高校生になり、初めて学力レベルの高い学校に通いましたが、化学などの教科の内容があまりにわからず、ショックだったことを覚えています。

—では、写真を撮り始めることになった経緯を聞かせてください。

クリスティーナ:自分はクリエイティブな人間ではなく、本を読み、文章を書くことに向いているタイプだと考えてきました。研究者になる予定でしたが、どこか小さな違和感がずっとあり、大学の卒業論文を提出したあとにTwitter(当時)で「何か新しいことをしたい」と投稿したんです。そうしたら知り合いから「写真を撮ってみないか」と連絡があって、カメラを貸してくれたんです。

いざ撮り始めると、文章を書くのとは違い、写真を撮ることで自分が創造主になったような、神さまのような視点から新たな世界を視覚的に生み出せるという強烈な感覚がありました。それから、写真にできる表現を試そうと考えるようになりました。

『Untitled』(2021年)(シリーズ『The Bliss of Girlhood』より)
『Untitled』(2021年)(シリーズ『The Bliss of Girlhood』より)

別荘やサウナが現実逃避先。コロナ禍だから撮れた作品

—哲学科修士課程と並行して通った写真アカデミー「フォトグラフィカ」では、どのような写真を撮り始めたのでしょうか。

クリスティーナ:ロシアにはダーチャというセカンドハウスで過ごす習慣があります。私の家族はダーチャを持っていませんでしたが、フォトグラフィカに入学してすぐ、友だちの家族のダーチャに行く機会がありました。初めての体験で、そこで色々と撮影しました。友だちのおばあさんの洋服を借りてコスプレをしたり、ダーチャでできるパフォーマンスを考えて演じたりして、それを写真に収めたのです。

『Self-portrait at the dacha』(2020年、シリーズ『DACHA』より)クリスティーナが初めて友人のダーチャを訪れた際に撮影したセルフポートレート

—撮影のためにではなく、遊びに行ったダーチャで写真を撮り始め、それが継続することになったのですね。

クリスティーナ:そうですね。撮影が目的ではなく、パーティーをしたり、リラックスしたり、コロナ禍で友だちと一緒の時間を過ごすためにダーチャに通いました。そうすると自然と撮りたい場面が生まれ、作品として形になっていく。とくにシリーズとして撮影を続けたわけではありませんが、フォトグラフィカの学長にデータを見せたらすごく評価してくださって、それをコンクールに出したことから色々な国で評価され、写真家としての活動が始まりました。

—ダーチャだから撮れた写真ということで、ロシア文化が垣間見えるのと同時に、クリスティーナさんとその周囲のとてもパーソナルな世界を覗けるような面白さを作品から感じました。クリスティーナさんはダーチャのどのような部分に惹かれて、撮影が続いたと考えていますか。

クリスティーナ:現在はロシアだけではなく、色々な国の人たちが現代社会に疲れ、都会の暮らしから離れて自然の中で過ごす時間がとても貴重になっていると思います。ダーチャに行き、バーニャ(※)に入ることでリラックスすることは、現在のような政治状況において、ひとつの現実逃避の方法にもなっているのではないかと思います。

※ロシアのサウナ。日本のドライサウナよりも温度が低く、湿度が非常に高いのが特徴。ロシアでは、友人や家族と一緒にバーニャで交流する過ごし方が好まれる。

『Chair』(2020年、シリーズ『DACHA』より)ダーチャにあったおばあさんの毛皮のコートを椅子に掛けて撮影したロシアらしい光景。

『Asya in smoke sauna』(2023年、シリーズ『Karelia』より)ロシアのサウナの光景。

ショッキングなイメージや違和感を感じるものから目を逸らさずに、写真に収めたい

—ダーチャで撮った作品以外にも、街中や誰かの家で撮った作品も多くありますね。

クリスティーナ:基本的には、作品のためにモデルをキャスティングし、場面を演出することはほとんどありません。ダーチャで撮った写真も意図して場面を作ったり、場所を選んだりすることはなく、例えばこの写真は自分を写した写真ですが、ダーチャに行ったときに友だちと散歩していて、この道に自分が横たわったイメージが思い浮かび、突発的に服を脱いで撮影しました(笑)。

写真集『unbewitched/アンビウィッチド』より。右ページの写真が該当作品

クリスティーナ:知り合いから撮影を頼まれ、行った先でどのような写真を撮るか相談して撮影することも多いです。この写真の男性の場合も、そうして彼のアパートで撮影しました。彼自身も写真家ですが、コロナ禍で奥さんが自殺してしまい、そこから気持ちを取り直すために撮影したいと連絡があったのです。床に転がっている箱は「OZON」という、ロシアの「Amazon」のようなショッピングサイトのものですが、彼の奥さんはコロナ禍でものが買えなくなり、食事もできなくなってしまうのではないかという不安からパニックになり、ネットショッピングに取り憑かれてしまったそうなんですね。そんな話をしながら、彼がセックスの時に使うコスチュームを持ってきて、これを着るから撮ってくれと言うんです。まるで意図せずに生まれた作品だと言えるかもしれません。

左『Trampling championship』(2025年、シリーズ『Gut geeling』より) / 右『Mysterious man in a sock』(2021年)

—その男性のパーソナルなストーリーと、コロナ禍の時代性も見えることから、写真というメディウムが持つ、記録性とナラティブな機能の両面が感じられます。

クリスティーナ:こうして振り返ってみると、たしかに写真のバックグラウンドには、いろいろなストーリーが含まれているのだと感じました。ただ、私が撮影の際にひとつこだわっているのは、被写体との距離感を無くすことです。その人の存在が、鑑賞者にとって目の前にいるかのように感じられる作品にしたいですし、時としてショッキングなイメージや違和感を感じるものが目を引くこともあると思うので、そうした場面から目を逸らさずに写真に収めたいと思っています。

『Deep kiss』(2022年)特にお気に入りの作品の前で撮影したいと伝えたところ、真っ先にクリスティーナが向かった先にはこちらの作品が。
左『First meeting』 / 中央『Asya on a red background』(2023年、シリーズ『Karelia』より / 右:『Caught in a net』(2025年、シリーズ『Karelia』より)

—女性同士でキスをしている写真のように、LGBTQ+のエロティックな場面を写した作品などから、多様な愛の形を感じられるのもクリスティーナさんの作品を特徴づけていると感じます。

クリスティーナ:たまたま自分の周りにはクリエイティブな人がいて、そうした人たちの中にLGBTQ+の人が多いというだけかもしれません。

あまり意図的に演出することはないと先ほど言いましたが、この写真は珍しく、自分の中に持っていたイメージを形にした作品です。レトロなウェディングドレスを着た女性のキスシーンを撮りたくて、このドレスを所有していたフォトグラフィカの先生にお願いして貸してもらいました。学生の写真を20枚撮ったらドレスをくれるという条件だったので、その先生の学生を撮影してドレスを譲り受けました(笑)。ひとりは私の知り合いで、金髪の方の女性は、私ももうひとりもそのときが初対面の女性です。

『Brides』(2023年)

—一期一会でドレスを着てキスをするという演出は、なんともロマンティックな背景だと感じます。

クリスティーナ:撮影をしてもそれきりで会うことがなくなったり、ロシアのウクライナ侵攻によって亡命する人がいたり、人生において人との関係は刹那的です。写真にはそうしたものも映っていると感じます。

『Second before death』(2021年、シリーズ『The Bliss of Girlhood』より)

ロシアの現実は異常。作品を通して、その現実と向き合ってほしい

—人を撮った作品に加えて、動物を撮った作品も多くあり、そこからは生命力や死生観が読み取れます。人間を被写体とするセクシャルな作品群と、根底でつながっているように感じました。

クリスティーナ:私は幼い頃、人間よりも動物への興味が強く、写真においても動物との距離感を無くした作品を撮りたいと考えています。とくにこの数年は、人間の被写体への興味があまりなくなり、人間も動物として撮っているような感覚があります。

—その興味の変化には、何かきっかけがあったのでしょうか。

クリスティーナ:ロシアは今、ひどい状況にあります。昨年、突然私の撮影した作品が理由で不条理に起訴され、刑事事件として立件されてしまいました。そのために2026年2月にロシアを離れ、もう今後ロシアに帰るつもりもありません。ロシアでは色々とおかしな法律ができて、自分がやりたいことを自由にできる状況ではなくなってしまったからです。

そうしたなか、国を離れるまでの数ヶ月は、ケージ(檻)に飼われた動物たちの撮影をひたすら続けました。裁判を通して、暴力や収監というテーマがすごく身近に感じられたので、ケージの中の動物と刑務所にいる人間との共通点について考えながら撮影を行いました。

右『Dead calf』(2020年)

—そうした作品を通じて、鑑賞者と何を共有したいと考えていますか。

クリスティーナ:ロシアでは現在、多くの人が現実から目を逸らしています。そんな中で、ケージで飼われた動物の姿を観て、多くの人に現実と向き合ってほしいと思っています。ロシアの現実は異常ですから、そのことを認識してほしい。

ロシア以外の国では、政治的・社会的な意味でロシアと同じケージの存在を感じている人は少ないかもしれませんが、自分で自分を制限していたり、社会の目を感じていたり、何かのケージに入っている人もいるのではないでしょうか。作品から、そんなことを感じてもらえたら嬉しいです。

—では最後に、クリスティーナさんの写真家としての美学について伺いたいと思います。シャッターを切りたくなる対象についてお聞かせください。

クリスティーナ:現代の世界において、「美」や「愛」という言葉の意味から重さがなくなっているように感じますが、私にとって「美」とは、興味を惹くものだと思っています。それは美しいものかもしれないし、醜いものかもしれない。美しさと醜さは両義的です。そのどちらにも自分は興味を惹かれるので、これからもそうしたものと出会ったら、写真に収めていきたいと思っています。

『Untitled』(2023年)

クリスティーナ・ロシュコワ『unbewitched/アンビウィッチド』

会期:2026年3月20日(金)~4月13日(月)
会場:PARCO MUSEUM TOKYO(渋谷PARCO 4F)11:00~21:00
※入場は閉場の30分前まで ※最終日18時閉場
入場料:500円
※未就学児無料 ※各割引対象外

詳細はこちら:https://art.parco.jp/museumtokyo/detail/?id=1869

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