ロシア人写真家クリスティーナ・ロシュコワの写真集『unbewitched/アンビウィッチド』が2026年春に日本で刊行され、同タイトルの写真展がPARCO MUSEUM TOKYOで開催されている。
ロシアには、裕福な家庭かどうかにかかわらず、「ダーチャ」と呼ばれる別宅を田舎に持つ風習がある。週末や長期休暇を過ごすための農園付き別荘のようなものだ。コロナ禍、都会を離れて田舎のダーチャに知人たちと集まった中で撮影したシリーズから着想を得て、展示空間はダーチャをイメージして構成されている。中に足を踏み込んで鑑賞すると、一見するとエキセントリックな印象のある作品が並ぶが、エロティックになりすぎず、過激に挑発する表現に走っているわけではないことが画面から伝わってくる。撮影者であるクリスティーナとモデルたちとの親密さから彼女たちのパーソナルな世界を想像させ、また同時に、ロシアの風土を読み取ることもできる。
2008年に終わった高度経済成長を経て、「アンビウィッチド(魔法が解かれた、夢から覚めた)」となった現在でもなお、ファンタジーを求める少女や少年、性的マイノリティとされる若者たちを被写体に撮影を行う1996年生まれの彼女にインタビューを行った。話を聞くと、本が1冊もない母子家庭に育った彼女が、美学に興味を持ち、独自の写真表現を手に入れた背景を知ることができた。
自由な活動を禁じられ、母国を去った彼女が表現を続ける理由とは? 母国を捨て「アンビウィッチド」となった彼女の声に、じっくりと耳を傾けてほしい。
※本文内に掲載の展示作品写真は、一部に性的、暴力的な表現を含みます。
INDEX
図書館が逃げ場だった学校生活。ふとしたきっかけで開いた、写真家の道
—大学では哲学科に進学し、卒業後に写真アカデミー「フォトグラフィカ」で写真を学んだそうですが、まず哲学科ではどのような分野を専攻されたのでしょうか。
クリスティーナ:ペルミ国立大学の哲学科のテーマはマルクス主義でしたが、学生は好きな分野を選ぶことができたので、私は美学や映画の哲学を専攻しました。例えば美学においては、何をもってアートと呼べるのかというヴァルター・ベンヤミンによるアートの定義や、彼が論じた「アウラ」に興味を持ち、研究しました。また、映画におけるフェミニズム批評や、卒業論文ではイタリアの映画監督であるピエル・パオロ・パゾリーニをテーマに選んだり、色々な角度から美学について考察しました。
それと、これはロシア固有のものだと思うのですが、ロシア正教において、狂人であり聖人に近い存在として崇められもする「ユロージビイ(=佯狂者)」という人々の存在についても研究しました。学生時代には自分がアーティストになることは想像もせず、研究者になると思っていました。

1996年にロシアのペルミ生まれ。2015年、ペルミ国立大学哲学科に入学。2021年にサンクトペテルブルク大学実践哲学科修士課程と写真アカデミー「フォトグラフィカ」を同時に卒業。同年に『British Journal of Photography』に「見るべきトップ20人の若い写真家」のリストに入選。『Vice』『PHROOM Magazine』、『Calvert Journal』『Fisheye Magazine』など、様々なファッション&カルチャー雑誌に紹介される。2022年に初写真集の『The Bliss of Girlhood』を出版。2023年、ヴォーグ主催の若手写真家オーディション企画「PhotoVogue」の「What is Beauty?」グローバルオープンコールに選ばれる。2026年、ドイツのビーレフェルトの「Artist Unlimited」芸術家協会でアーティスト・イン・レジデンスとして現地に長期滞在が決定。
—大学でそうした分野に進んだということは、美術や哲学が身近な家庭環境に育ったのでしょうか。
クリスティーナ:まったくそうではありませんでした。子どもの頃は母と2人暮らしで、家に本は1冊もなく、母の周りに知的な人やセンスのある人がいたわけでもありません。母と私とたくさんの犬と一緒に、あちこちを引っ越しながら生活していました。


クリスティーナ:通った学校もあまりレベルが高くはなく、いじめられることもあり、そうするといつも図書館に逃げてずっと本を読んでいました。そこで美学や哲学に興味を持つきっかけが生まれたと思います。高校生になり、初めて学力レベルの高い学校に通いましたが、化学などの教科の内容があまりにわからず、ショックだったことを覚えています。
—では、写真を撮り始めることになった経緯を聞かせてください。
クリスティーナ:自分はクリエイティブな人間ではなく、本を読み、文章を書くことに向いているタイプだと考えてきました。研究者になる予定でしたが、どこか小さな違和感がずっとあり、大学の卒業論文を提出したあとにTwitter(当時)で「何か新しいことをしたい」と投稿したんです。そうしたら知り合いから「写真を撮ってみないか」と連絡があって、カメラを貸してくれたんです。
いざ撮り始めると、文章を書くのとは違い、写真を撮ることで自分が創造主になったような、神さまのような視点から新たな世界を視覚的に生み出せるという強烈な感覚がありました。それから、写真にできる表現を試そうと考えるようになりました。

