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『ザジ・ズー現代贋作劇場』の、参考にならないあらすじ
では、この日上演された『ザジ・ズー現代贋作劇場』は、どのような作品だったのでしょうか? まず、かれらのホームページに書かれたあらすじを読んでみましょう。
古代ローマ。五万人の円形闘技場で「ブラッディ・スポーツ」が熱狂をさらっていた。演劇よりも死闘を――死刑執行すらショーとなる時代。ひとりのグラディエイターが息絶え、魂は肉体を離れて幾千年の漂流へ。暗黒時代をさまよい、産業革命を眠り過ごし、やがて目覚めたのは1986年6月、代々木体育館――。嘘八百!世紀のブルシット演劇史、ついに開幕
ザジ・ズー 公式ホームページより
時空を飛ぶ冒険活劇のようなストーリー。しかし、かれらがほんとうに恐ろしいのは、このあらすじに書かれていることが、「なに一つとして」行われていないこと。なに一つとして!
当日上演された作品の中に、古代ローマの要素はどこにもないし、グラディエーターが息絶えるどころか、そもそもそんな人は出てこない。代々木という単語すら使われることはありません。作品が完成する前に、宣伝のためにあらすじを提出しなければならないのは演劇の常ですが、ザジ・ズーの人々には「ちょっとくらい寄せておこう」という配慮すら微塵もないのです。
ふざけている(いい意味で)。
気を取り直して、上演された内容を見ていきましょう。劇団四季の創設者である浅利慶太をモチーフにして、その著書からも引用を行った(けれども、まったく似せる気がない)『浅利慶太物語』から始まり、ジャン・ミッシェル・バスキアと星野源が邂逅する一人芝居『夜、バスキアの夜』、KinKi Kidsが主演したドラマ『ぼくらの勇気 未満都市』(1997年)の話を聞いて、見てないけどなんとなく面白そうだという理由からタイトルだけ借用した『ぼくらの勇気 視線交錯都市(注:ガン飛ばシティと読む)』など、全体がゆるくつながりつつ、独立したストーリー群がオムニバスとして上演されていく。その語り方も、俳優による熱演はもちろん、段ボールでつくった人形劇、着ぐるみのティラノサウルスが大暴れするもの、手作り感あふれる映像など、あらゆる手法がふんだんに盛り込まれたりしていました。


そんないくつもの物語を貫くのが、徹底したパロディーの数々。『ぼくらの勇気 未満都市』のみならず、『ドラえもん』『キャッツ』『牡丹と薔薇』『開運!なんでも鑑定団』『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に』『No No Girls』『ざわざわ森のがんこちゃん』『君の名は。』など、内容、年代、ジャンルを問わず、さまざまなコンテンツがパロディーの対象となっていきます。そこでは、元ネタを知っている観客はもちろん、知らない観客もまた、圧倒的な熱量に飲み込まれてしまう。作 / 演出には、「アガリクスティ・パイソン」という名前がクレジットされているけれども、これはひとりの作家のペンネームではなく、ザジ・ズーの人々が集団でつくったアイデンティティ。統一感や脈絡といった概念を完全に無視しながら、あらん限りにパロディーを盛り込んでいるのです。

