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進化するAI。演劇との関係は?
―丘田さんは、ストーリーが印象的だった作品はありますか?
丘田:東京にこにこちゃん『ドント・ルック・バック・イン・マイボイス』(萩田頌豊与作 / 演出)は現代性を感じた作品として印象に残っています。「MITAKA “Next” Selection」(※)の1つだったんですが、声優さんの一代記のような感じで、長寿アニメの声優が交代することとそれに人が慣れてしまう寂しさを描いた作品でした。このAI全盛期で、人の仕事のおおよそは代替可能などと言われているけれど、では、その人の存在や魂はどうなんだ。そうした、現代への問いかけを感じたりもして。
※三鷹市芸術文化振興財団のメンバーが足を運び見つけた、注目の劇団が選定される。


丘田:最終的には、声優さんが死んでしまっても、声を生成AIで蘇らせることで昔のアニメを再現できる⋯⋯でも「それは違うだろう」という流れで、クライマックスに入っていくんです。コメディだけど、AIに対しての危機感と好奇心をしっかり描いていた作品でした。
山﨑:AIを扱った物語を演劇という形式で描くのはけっこう難しいところがあると思うんです。舞台上に登場させてしまうと、普通の人間とかこれまでのロボットのイメージに収まるものになりがちですし。一方、実験的な作風のアーティストの作品ではAIを創作に直接取り込んだものもちょこちょこ出てきています。(前編で触れた)『秋の隕石』の話に戻るんですが、花形槙『エルゴノミクス胚・プロトセル』は生成AIを使ったパフォーマンスだったんですよ。パフォーマーはVRゴーグルをつけてパフォーマンスするんですけど、そのゴーグルには自分の姿を生成AIが処理した映像が映っていて、例えばパフォーマーの取っている姿勢が椅子の形に近づくと、映像の中のパフォーマーの姿が椅子にメタモルフォーゼするんです。観客からは、パフォーマーの動きと、彼らがゴーグルで見ている映像が一緒に見えるので、微細な動きによって、人間から椅子になったり、椅子から人間に戻ったりする揺らぎが見えるんですよね。

川添:フォースド・エンタテインメント『Signal to Noise』もAIを使った作品でした。俳優自身は発話しなくて、生成AIの音に合わせてリップシンクしていたんです。嘘臭い格好をしていたり、あからさまなヅラを被っていたり(笑)いろんなフェイクが散りばめられている。どうやって本当と嘘を見分けるのかとか、人間とAIの境目はなんだろうとかを考えられたりして、面白かったですね。

川添:歌舞伎で言うと、初音ミクと中村獅童が超歌舞伎『世界花結詞(せかいのはなむすぶことのは)』で共演しているんですが、初音ミクは回を重ねるごとにどんどん人間ぽくなっているんですよ。それを観ていると、AIやロボット的なものに、やはり人間は人間味を探しているんだなということを感じていて。
山﨑:どういうことですか?
川添:技術の向上で、初音ミクの踊りも台詞回しもすごくうまくなっているんです。作り手もそこをどんどん追求していくし、観客もそれを求める。その現象は面白いなと感じますね。
丘田:今思い出したんですが、市原佐都子/Qの『キティ』で使われていた音声は、AIだったんですかね? あの作品も非常に鮮烈で、観劇後しばらく呆然としたほどでした。
山﨑:AIです。俳優の声を取り入れて、日本語と韓国語と広東語を、それぞれの俳優の声で喋らせています。『キティ』はAIの音声を使っているだけでなく、セリフを寸断して、広東語と韓国語と日本語のミックスみたいな感じで喋らせているんですよね。


山﨑:『キティ』はねこ役の女の子を、日中韓の俳優が場面によって入れ替わって演じることで、資本主義下で性的に消費される女性の身体も表していました。AIを使っているのも、一方では提供した素材が自由に消費されてしまうことへの批判になっていました。