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第68回グラミー賞を総括。バッド・バニーの象徴的な受賞と「音楽と政治」

2026.2.10

#MUSIC

© Getty Images
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バッド・バニー『DeBÍ TiRAR MáS FOToS』が最優秀アルバム賞に輝いた、第68回グラミー賞。ライター / 編集者の天野龍太郎が、受賞作や授賞式の模様を振り返りつつ、今回のグラミーが象徴する政治課題と「その先」を考える。

意外な結果となった主要賞

現地時間2026年2月1日(月)にロサンゼルスのクリプト・ドットコム・アリーナで開催された第68回グラミー賞授賞式は、なかなかに興味深い結果になった。全体的に番狂わせだった、と言うこともできるだろう。

主要4部門については、年間最優秀アルバム賞をバッド・バニーの『DeBÍ TiRAR MáS FOToS』が、年間最優秀レコード賞をケンドリック・ラマー&シザ“luther”が、年間最優秀楽曲賞をビリー・アイリッシュの“WILDFLOWER”が、最優秀新人賞をオリヴィア・ディーンが受賞している。意外な結果が含まれていると思う。

ビリー・アイリッシュ(左)と、プロデューサーで実兄のフィニアス・オコネル(右) / © Getty Images

主要賞で気になったのは、まず受賞を逃したアーティストだった。レディー・ガガ(全体で7部門にノミネートされている)とサブリナ・カーペンター(6部門にノミネートされている)は新人賞を除く主要3部門にノミネートされており、いわゆる王道のポップス枠ではあるので、受賞はかなり手堅そうだった。サブリナは表現の露骨さが問題視されてはいた一方で、特にグラミーの常連であるガガは最有力候補の筆頭だったにもかかわらず、主要賞を獲れなかった。それに、BLACKPINKのロゼとブルーノ・マーズの“APT.”、同じくK-POP文脈でHUNTR/Xの“Golden”という2つのヒット曲が楽曲賞を獲ってもおかしくはなかった。新人賞だって、オリヴィアの受賞は順当な結果ではあるものの、KATSEYE、アディソン・レイ、ソンバー、ローラ・ヤングなどかなり強力なライバルが並び立っていた。

今回は、各メディアの予想も割れていた。そう考えると、アーティストについてもジャンルについても多様になった主要賞の意外な結果に、現在の欧米のポップミュージックの様相、つまり多極化、そして中心軸の不在がそのまま表れているように思えてならない。

ロゼ(左)とブルーノ・マーズ(右)は授賞式にTiffanyのジュエリーをまとって登場 / © Getty Images

バッド・バニー、全編非英語による最優秀アルバムという史上初の快挙

そんななかアルバム賞がバッド・バニーの『DeBÍ TiRAR MáS FOToS』に贈られたことは、象徴的であり、偉業でもあったと言える。

全編スペイン語のアルバムがアルバム賞を受けたのは史上初で、しかも同作はグラミーとラテン・グラミー賞の双方で最優秀アルバム賞を獲得したことも史上初。大穴だったと見る者もいたように、これは大きなサプライズになった。

バッド・バニーのアルバムは、彼が以前から少しずつ試みていたレゲトンに伝統的なラテン音楽を混ぜあわせる路線の発展型で、彼のルーツがいよいよ明確に打ち出された野心的な作品だった(ちなみに、ラウ・アレハンドロも2024年のアルバム『Cosa Nuestra』で同様のことをやっている)。2000年代にレゲトンをグローバルに広めたダディ・ヤンキーにも1960~1970年代のニューヨークサルサの立役者であるエクトル・ラボーにも同時に触れていたプエルトリカンの少年が、ラテントラップのアーティストとしてキャリアをスタートさせ、世界的なスターになり――そんな彼の音楽人生も詰めこまれた、一大音楽絵巻だったのだ。2023年の『コーチェラ・フェスティバル(Coachella Valley Music and Arts Festival)』でヘッドライナーを務めた際、彼はラテン音楽の歴史を背負うような演出をライブに持ちこんでいたのであり(※)、同作はそういった試みの延長線上にある。

※詳しくは以前、Mikikiで書いた記事を参照してほしい。

『DeBÍ TiRAR MáS FOToS』は、批評的な評価は非常に高く、2025年を代表するアルバムだったわけだが、そんな作品が世界最大規模の音楽賞の顔になったという事実、そしてその1週間後に彼がアメリカを代表するイベントである『スーパーボウル』のハーフタイムショーでライブをおこなうことは、現代におけるラテン音楽とラテン系の人々の存在感の大きさを証明することでもあった。ただもちろんこの結果には、ラテン・グラミー賞の投票会員を全員グラミー賞にも組みいれたことは大きく作用しているだろう(※)。

”The Grammys invited all Latin Grammy voting members to the Recording Academy: Why it matters”. INDEPENDENT.

ケンドリック・ラマーの受賞曲に刻まれた、アフリカンアメリカン音楽の系譜と継承

今回、最多の9部門にノミネートされ、5部門で受賞し、受賞数も最多となったのがケンドリック・ラマーである。ジェイ・Zを超えてグラミー賞を最多受賞したラッパーになっただけでなく、2年連続で5部門以上を受賞したことはグラミー史上スティーヴィー・ワンダーとケンドリックのみである。バッド・バニーと同様に、ケンドリックの受賞結果も歴史的な快挙だった。

最優秀ラップアルバム賞に選ばれた2024年の『GNX』は、デビューアルバムの『Section.80』以降、コンセプト面でも音楽面でも毎回練りあげた作品を出してきたケンドリックのキャリアにおいて、ある意味でもっともラフなアルバムだった。古巣のレーベルTDEから離れた第一歩であり、短尺かつコンセプチュアルでもないが、自身が所属する西海岸の音楽文化や父との思い出を打ちだした同作は、きわめて内省的でヘビーだった前作『Mr. Morale & The Big Steppers』と明確な好対照をなしていた。そんな作品のなかから“luther”というポップでメロディアスなR&B寄りのヒットが生まれ(実際、最優秀メロディックラップパフォーマンス賞も受賞している)、今年のグラミー賞の顔になったことは興味深い。

https://www.youtube.com/watch?v=sNY_2TEmzho

もともと“luther”は、曲名どおりルーサー・ヴァンドロスとシェリル・リンの1982年のデュエットソング“If This World Were Mine”をサンプリングし、美しく敷いた曲である。ルーサー&シェリルの組み合わせが、ここではケンドリックとSZAのカップルになっているわけだ。さらに遡れば、原曲は、ソウル史上もっとも重要なデュエットの一組と言っていいマーヴィン・ゲイ&タミー・テレルが1967年に歌っていたものである。Tamla(Motown)時代のエレガントなソウルから、コンテンポラリーR&Bの全盛期の記憶を封じこめたクワイエットストーム、そしてヒップホップ以降のR&Bへ。“luther”には、アフリカンアメリカンによるポップミュージックの系譜と継承が刻まれていると言っても言いすぎではない。

一見、ラフかつソリッドなアルバム『GNX』、そしてセンチメンタルで親しみやすい曲“luther”が、ブラックミュージックの歴史を背負い、前進もさせていることに気づかされる。今回の受賞結果には、そんな発見もあった。

https://www.youtube.com/watch?v=RkFIkubuYns
https://www.youtube.com/watch?v=6esbp08EHGA

ICE(アメリカ合衆国移民・関税執行局)への反発が噴出したスピーチ

バッド・バニー、そしてケンドリック・ラマー。こうして見ると、共通するのは、どうしてもアイデンティティの問題である。バッド・バニーはプエルトリカンで、ケンドリックはアフリカンアメリカンである。両者の受賞作は、その事実と切っても切れない関係にある。2010年代に大きなうねりになったアイデンティティポリティクスの闘争が、やはりそこには底流としてある。

思いだしてみれば、良くも悪くも2024年の大きなトピックになったケンドリック vs ドレイクのビーフも、アイデンティティの問題だったと言えなくもない。コミュニティに属する者、その文化の体現者と見なされているケンドリック、それに対してコミュニティやカルチャーの外側からやってきて、内部の共有財を表面的に掠めとって金儲けをしているだけだと批判されるドレイクとの対立でもあったのだから。「内側と外側」の闘争は、長らく議論されてきた文化盗用の問題を孕んでもいた。

ケンドリック・ラマー / © Getty Images

今年のグラミー賞について言っておかなければならないのは、ICEことアメリカ合衆国移民・関税執行局の問題が、伏流するテーマのひとつとして存在していたことである。

ミネソタ州ミネアポリスで1月7日(水)に作家 / 詩人のレネー・グッドが、24日(土)に看護師のアレックス・プレッティが、ICEの捜査官に撃たれて亡くなった。これらの事件は全米を震撼させ、大規模な抗議運動に発展していったことは周知の事実だろう。強引な取り締まりなど、移民政策を厳しく推しすすめている第2次トランプ政権下のひずみが爆発した事態だと見ていい。

そうしたなかでおこなわれたグラミー賞では、オリヴィア・ディーン、ケラーニ、シャブージーなど、受賞スピーチをおこなった者の多くが移民の問題に直接的ないし間接的に言及したが、バッド・バニーは「ICE out」というデモ隊のシュプレヒコールをそのまま引いて、反ICEの態度を明確に宣言した。ビリー・アイリッシュは、「盗まれた土地では不法な人などいない」と米国史にまで踏みこんだスピーチをしている。またトランプ支持およびMAGAの思想への共感を明言し、陰謀論めいた主張を続けているニッキー・ミナージュを司会のトレヴァー・ノアが皮肉っぽいジョークで茶化したことも話題になった。

他方では、バッド・バニーがスーパーボウルのハーフタイムショーに出演することに対し、英語で歌わないことや反トランプの思想を理由に、MAGAの信奉者たちが反発しているという。

シャブージーは受賞スピーチで「移民がこの国を築いた」と語った / 画像提供:PIAGET

ジャスティン・ビーバーに見る、アイデンティティポリティクスの「先」のヒント

いずれにせよグラミー賞とその周囲に広がっていたのは、「私たち vs 彼ら」の精神だった。「あちら側とこちら側」を切り分け、平行線を描くしかない主張を浴びせあうこと。昨年、ガザ問題で批判されたRadioheadのトム・ヨークがステートメントを出した際にも、「“us and them” mentality」という言葉を使っていたことを思いだそう。あるいは、Pink Floydの“Us and Them”で描かれた対立、LCD Sound Systemが“Us v Them”でヒプノティックなビートにのせて鳴らした景色を。

いま壁はそこらじゅうにある。それこそトランプ大統領が現実に建設しているように。「憎しみよりも強いのは愛だけだ」とバッド・バニーはスピーチしたが、問題は、「憎しみ」や「愛」といった感情を抱く以前に、私たちの あいだには先だって壁が存在していることだ。だからこそその先で橋を架けるにはどうすればいいのか、誰がそれをやるのか、ということが政治的に大きな課題になっている。

https://www.youtube.com/watch?v=JpIsA7OniXc

今回のグラミー賞からそんなことを感じつつ、なぜか脳裏に浮かびあがってきたのがジャスティン・ビーバーのことだった。自身のブランドSKYLRKのボクサーパンツとソックスのみを身に着け、文字どおりの意味でストリップトダウンしたパフォーマンスを見せた彼の出で立ちには、どこか批評性があった。ジャスティン・ビーバーには、バッド・バニーやケンドリックのように背負って表現するアイデンティティはないかもしれない。それゆえにそのさまは、根無し草として自身のR&Bを歌っている丸裸の姿だった。

ジャスティン・ビーバー / ©Renell Medrano

『SWAG』に収録されているスキット“SOULFUL”でインフルエンサーのドルスキに「おまえのサウンドはブラックだ。おまえの肌は白だが、魂はブラックだ、ジャスティン」と言わせていたことはさすがにやりすぎだと感じたが、傷ついてボロボロになりながらも「R&Bのアーティストとして自分を認めてほしい」とじたばたとあがく姿には、2020年代以降、すなわちアイデンティティポリティクス以降のポップミュージックを考えるうえでヒントがあるように思えてならない。それは、借り物の音楽と仮初でしかない自身のアイデンティティをどう共鳴させていくのか、という問題に関するヒントだ。

初めに書いた多極化とは、ポストアイデンティティポリティクスの様相でもある。つまり互いのちがいだけを強調しあい、あらゆる差異のあいだに壁を乱立させ、「私たち vs 彼ら」の状況が細かく無限に仮構された状況だ。しかしその先で、2020年代以降は亀裂を縫合しなければならない場面が増えてきた。差異を認めながらも、わずかなものでも共通項を探し、点と点を繋ぎあわせ、部分的にでも共鳴していくこと。音楽文化、ひいては人間社会全体にこの先、希望を見いだそうとするのであれば、そんなことが重要になってくるのではないだろうか。飛躍しすぎかもしれないが、そういったことにまで考えが及ぶほどおもしろい受賞結果だったと思う。

https://www.youtube.com/watch?v=C2l9e9BDDwk

第68回グラミー賞授賞式

WOWOWオンデマンドにてアーカイブ配信中
https://wod.wowow.co.jp/program/206142

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