「このミステリーがすごい!2023年版」で1位を獲得した呉勝浩のベストセラー小説を実写映画化した『爆弾』が10月31日(金)から劇場公開中だ。11月中旬現在、映画.comでは5点満点中4.0点、Filmarksでは5点満点中4.2点と好評価を得ている。
監督の永井聡は、漫画を実写化した『帝一の國』(2017)や『恋は雨上がりのように』(2018)が原作ファンから称賛され、オリジナル企画のスリラー『キャラクター』(2021年)も高く評価された。エッジの効いた演出、緻密な画作り、そして高いエンタメ性を備えた作風で知られる永井監督が、本作でもその才能を遺憾なく発揮している。
※本記事には映画の内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承下さい。
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癖強なキャラにハマる役者たち×容赦ない演出
まず注意点として、本作は「簡潔な殺傷流血・肉体損壊の描写がみられる」という理由でPG12指定を受けている。直接的な残酷描写がわずかにあるほか、かなりエグめな事態を「想像させる」場面もあり、何より取調べでの神経を逆撫でするような言葉の数々など、意図的に強いストレスを観客に与えるシーンが多い。しかも、飽きさせない展開の連続で、テンポが良いにも関わらず、137分と上映時間はやや長尺だ。

ある程度の覚悟が必要なタイプの作品とも言えるが、そこには永井監督の意図が強く反映されていると言っていい。原作は情報量が多く、超人的なスピードで展開していくが、永井監督は「原作を読んだ時の体感を、映画でも表現したい」と感じ、「映画館を出た時にものすごいものを観たという充実感とある種の疲弊感を覚えるような作品を目指そう」と覚悟してたそうだ(プレス資料より)。
筆者も観終わった直後に激烈な睡魔に襲われてしまったが、それはのめり込んで見られるエンタメ性はもとより、まさにその通りの疲労感があってのことだろう。
広く公開される日本映画で、ここまで容赦がない映像化のアプローチをしたこと自体が称賛に値する。さらに、今回の映画では俳優の力があまりに大きい。豪華キャスト全員がクセの強い役にハマっているのは言うに及ばず、実質的にW主演と言ってもいい佐藤二朗と山田裕貴の「対決」は脳にこびりつくほどの衝撃がある。その2人に絞って記していこう。
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佐藤二朗のイメージを逆手に取ったような「挑発的で不気味」な役
物語は、酔った勢いで暴行を働いて警察に連行された中年男・スズキタゴサクが「霊感が働く」とうそぶいて、秋葉原のビルでの爆弾の爆発を予言したことから始まる。それは日本を震撼させる連続爆発事件へと発展し、当然スズキは被疑者として取調べを受けるのだが、あろうことかクイズのように次の爆弾の場所を出題するようなそぶりを見せていく。
そのスズキを演じるのが佐藤二朗。多くの人にとっての佐藤二朗は、ドラマ『勇者ヨシヒコ』シリーズや映画『新解釈・三國志』(2020年)などの福田雄一監督作品での、アドリブを入れこむキャラクターの印象が強いだろう。だが、今回の『爆弾』ではそれらの佐藤二朗のコミカルな印象を覆す、いやそのイメージを逆手に取ったような「挑発的で不気味なキャラクター」となっている。
たとえば、スズキは初めこそ慇懃無礼で自虐的な「(暴行を働いた被害者へ払う)10万は逆立ちしたって出てきません」「なんの役にもタゴサクです」といった語り方をしているのだが、やがて「でも、爆発したって別によくないですか?」という人を人とも思わないような発言へと発展していく。
顔中のシワが全て曲がりくねったような笑顔と、敬語を使いながらも人を食ったような態度それぞれは、これまでの「コミカルな役の時の佐藤二朗らしさ」の延長線上にあるものだが、今回は醜悪とさえいえる発言や笑い声のおかげで、良い意味で生理的な嫌悪感まで呼び起こすことに成功している。精神を逆撫でされてもなお、それでも「霊感」とやらを根拠に爆弾の場所を探さなければいけない劇中の捜査官たちのジレンマは、観る側もまた胃が痛くなってくるほどに伝わるだろう。

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矛盾や狂気を体現してきた佐藤二朗を日本中に伝播させる作品に
さらに、佐藤二朗自身も「自分の役者人生をかけてやりたいと思うぐらいの企画」と前のめりで役に取り組んでおり、撮影時は毎日、頭を坊主頭に刈り上げており、10円ハゲも本物だという。
岡田翔太プロデューサーは実際に「二朗さん以外、スズキ役は考えられなかった。二朗さんにお断りされたらこの企画自体やめようと思っていた」とまで告白している。その意図は、明るいキャラクターのイメージも強い佐藤二朗が、『はるヲうるひと』(2019)や『さがす』(2022)などでは人間の持つ矛盾や狂気を体現してきた「こちら側の二朗さんの凄みを、日本中に伝播させたい」と使命感を握りしめたことにもあったそうだ(プレス資料より)。
実際に本作の予告編では「ギャグキャラではないサイコパスな佐藤二朗楽しみ」「佐藤二朗に狂わせたら1級品よ」などの期待が寄せられているが、実際の本編はそれ以上だ。佐藤二朗はあまりに個性が強い俳優の1人であり、それに伴っての劇中の極端な印象はある程度の賛否も呼ぶだろう。しかし、それも含めて絶対に忘れられない、良い意味で本当に嫌いになれそうな佐藤二朗が見られるのは間違いない
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山田裕貴のストイックさがシンクロした役柄に
その佐藤二朗演じるスズキタゴサクは、はじめに聴取する刑事の等々力(染谷将太)や、事情聴取につきそう巡査長の伊勢(寛一郎)をそれぞれ挑発し、さらにはベテランの警視庁捜査一課・強行犯捜査係の刑事清宮(渡部篤郎)との心を探り合うような交渉をしていく。その先で満を辞して対決するのは、じゃもじゃの天然パーマに丸メガネというやぼったい見た目に反して、卓越した観察眼と推理力を見せる類家(山田裕貴)だ。
山田裕貴はこれまで野生的な面や不良性を感じられる役を多くこなしており、今回はその印象を備えつつも、極めて理知的な役柄に扮している。初めこそ「じゃあはじめましょうかスズキさん、バケモノ退治を」と皮肉的かつ冷静な話し方をする一方、「いずれ後悔するよ、俺に会っちゃったこと。夜も眠れなくなるくらいにね」と挑発もする。予告編で見られる山田裕貴からの「爆弾を見つけられたら私の勝ちだ」と、佐藤二朗の「面白そうです」という返答は、まさに2人の「対決」と言うにふさわしい迫力を感じられるだろう。

岡田翔太プロデューサーは、類家と山田裕貴には本質的に近い性質を持っていると感じていたそうで、そこには「山田くんはすごくストイックで、世の中のことに対して深く考えて、しっかりとした自分の意見を持っている人。彼の心にある闇の部分が類家と重なり、原作を読みながら類家は山田くんにしか見えなかった」と考えていたそうだ。俳優のイメージと演じた役の特徴がもはや本人としか思えないほどにシンクロする山田裕貴にも、期待してみてもいいだろう。