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堀込泰行の「バラード論」と、地味だけど美しくて強い音楽の探求
ー“燃え殻”は馬の骨の代表曲の一つと言えますが、もともとどんな着想から生まれた曲だったのでしょうか?
堀込:曲自体はもともとキリンジのためのデモのひとつとして存在していて、何かのレコーディングの際に、候補曲として提出したりもしてたけど、この曲のどこが気に入っていたかというと、「地味なところ」が気に入ってたんです。もしキリンジでやるとなると、当時だと結構ゴージャスな、リッチな感じのアレンジになると思ったので、それだとこの曲の素朴なよさが消えちゃうなと思って。なので、途中でキリンジの候補曲の中から外して、これはいつか自分がソロをやるときに、シンプルなアレンジでやろうと思っていました。
ー資料にナチュラルファウンデーション(当時の所属事務所)の代表の柴田やすしさんのコメントで、「1990年代から2000年代にかけて、日本の音楽シーンにおけるバラッドは、しばしば過剰な情熱と、ドラマ性を伴うスタイルが主流であった。そんな時代において、堀込泰行の音楽は一線を画していた」とあって、たしかにと頷きました。泰行さんがバラードを作る際のこだわり、「バラード論」みたいなものがあればお伺いしたいです。
堀込:「バラードを書こうと思って書いてるわけではない」っていうのはあるかもしれない。普通の曲を書き始めたつもりが、たまたまテンポが遅い曲になったっていうものが多いんです。当時のバラードのヒット曲を書いた人たちが、どういうプロセスや気持ちでそれを作ってたのかはわからないけど、僕は活動初期から「バラードって普通の曲のテンポの遅いやつでしょ?」ぐらいの発想だったんですよね。
ー先ほどのキリンジの活動を馬車に例えた話もそうでしたけど、その作為性のなさが普遍性の種になっているように感じます。
堀込:そうかもしれないですね。僕がこれまで作ってきた曲の中には、バラードみたいなものがまあまあの数あるとは思うんだけど、特別な意識があったわけではなく、他の曲を書いているときと同じ感覚で、「いい曲を書こう」とか「いいメロディーを紡ごう」っていうところでやっていて……だから、やっぱりテンポが遅くなったものがたまたまバラードになったっていうことだと思うんですよね。

ーそうやって生まれたものがたくさんの人に響いて、“燃え殻”に関してはこの名前を冠した作家が現れ、その人の書いたウェブ小説(『ボクたちはみんな大人になれなかった』)がNetflixで映画化され、エンディングテーマとして“燃え殻”が使われた。そのことについてはどう感じていますか?
堀込:最初に燃え殻さんという作家さんが出てきたのを知ったときは、自分の曲とは特に関係ないと思ってたんです。でも燃え殻さんの方からウェブ記事の対談に声をかけてくださって、初めてお会いして、自分の音楽も聴いてくれてたということで、もし自分の作った曲が燃え殻というペンネームの起因になったとしたら、それはやっぱりすごく嬉しいなと思ったし、エンディングテーマとして使ってもらえたのも嬉しかったです。
ー作った当時からすれば、「まさかそんなことが起こるとは」という感じですよね。
堀込:あんなに地味な曲なんだけど、そういう連鎖が生まれたのはすごくありがたい。さっきも言ったように、この曲は地味なところが気に入ってたので、売れっ子のプロデューサーの人に仕上げてもらって、「当ててやろう!」というような下心は全くなかった曲なんですよね。オルガンとかを入れて、もっと派手にもできたとは思うんですけど、当時も今も変わらないのが、少ない楽器編成で、それぞれの楽器が本当に大事なフレーズしか弾いてないような曲を目指してるんです。音数こそ少ないけれども、それらが有機的に反応して、1つの美しくて強い音楽になるのが自分の理想なので、そこはすごく投影されてる曲だなと思いますね。
