人間か機械かという対立構造は、人間かAIかというものに静かに、だが加速度的に置き換わりつつある。
しかしテクノロジーの恩恵がいかに肥大化しようとも、私たちは未だに未来のすべてを見通す力を持ち合わせていないし、今後もおそらくそうなることはない。先行きの見えない状況がもたらす不安は、技術がどれだけ進歩しようが消えることはないと断言してよいだろうし、そうした時代だからこそむしろ、他人の意見や目線が気になったりするのが人間の性のようにも思う。だから逆説的に、その居心地の悪さや恐怖にどのように対峙するか、今、我々は問われているのかもしれない……
TESTSETの2ndアルバム『ALL HAZE』は、そうした時代特有の強烈な「不安」あるいは、抑圧を前提に作られたものであっても、その状況を打破する何らかの提案をすることはない。メッセージよりも、イメージが優先される感覚……不思議なことに、そうであるからこそ時代のムードと共振しているかもしれないと思う。しかし正直なところ、私の曖昧な書き方が示すように、本当のところはわからない。
以下の文章は、ライター / トラックメイカーの小鉄昇一郎によるTESTSETの砂原良徳、白根賢一へのインタビューである。
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需要がなければバンドは続かない。TESTSETのシビアな現状認識
─アルバムとしては2年ぶりですね。
砂原:そうですね。ただ、2022年の結成から1stアルバムの間に4曲入りのEPも2枚出してますから、実質アルバム3枚分くらいは曲はある。かなりハイペースに曲は作っていると思います。この年齢のバンドにしては(笑)。
白根:ライブもかなりやってますしね。
砂原:本数でいえば、既にMETAFIVEより多いと思います。それはもっとTESTSETとしての認知度を上げたいからでもあるし、バンドとして肌感覚を鍛えていくためには場数を踏む必要があるからで。露出的にはMETAFIVEのほうが多かったかもしれませんが。
白根:とはいえ、戦略会議をするわけではないんです。とにかくライブと制作をこなすという、現場主義的な活動を進めていくうちに、だんだん「ああ、このバンドってこうなっていくのか」というのが見えてきたという感覚です。もちろん、砂原さんは常に俯瞰で見ているとは思いますが。

『FUJI ROCK FESTIVAL ‘21』にMETAFIVEの特別編成として出演した砂原良徳とLEO今井が、GREAT3の白根賢一(Dr)と相対性理論の永井聖一(Gr)を迎え、グループ名を新たにTESTSET(テストセット)と冠してライブ活動を開始。2023年7月、1stアルバム『1STST』をリリース。2025年10月、2ndアルバム『ALL HAZE』をリリースした。
砂原:最初はお客さんも「僕(砂原)とLEOくん、あとの2人はサポート」というように見ていたかもしれないですけど、自分たちとしては、最初から4人がイーブンのバンドなんですよ。
METAFIVEの流れもあって、最初はステージでも僕とLEOくんがセンターでしたが、今はLEOくんと永井氏を中心に、サイドを僕らお年寄りが挟んでる(笑)。そうやって、バンドの形ははっきりと示せるようになってきました。
─バンドとしては、アルバムが完成して一休みではなく、認知度を広げるためにも、さらに積極的に活動していくモードですか。
砂原:まあ、それが許されるなら(笑)。やはり需要というのはシビアですから、それがないことにはやってもしょうがないんで。
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1980年代に10代を過ごした砂原&白根は、AIをどう見ているか?
─今回のアルバムも、ビンテージなテクノサウンドが、熱すぎずクール過ぎず、絶妙な温度感で奏でられていて、TESTSETらしいアルバムだと思いました。4曲目“Enso”のイントロから左右で鳴っているシンセパーカッションなんか、まさにニューウェイヴ的な古きよき音像に感じました。
砂原:あれはDXとかそういうFMシンセに、リングモジュレーターをかけた音(※)で、古臭い音作りをやってます(笑)。まあ、そういう作り方が長年の方法論というか、意識せずできるやり方なので。パッドを叩いたりっていう今っぽい手法ではなくね。
※筆者注:FMシンセは複雑な倍音に特化したデジタル音源で、DXはその代表的な機種シリーズ(YAMAHA DX7など)。リングモジュレーターは音に金属的な響きをもたらすエフェクト
─シンセ主体の音作りしかり、インダストリアルなリズムしかり、TESTSETのベースには1980年代的なサウンドありますよね。一方で、現代的な音楽制作の現場に目を向けると、AIが浸透しつつあります。おふたりは実際に使われることはありますか?
砂原:僕はゼロですね。AIのマスタリングソフトなども触ってみましたが、個人的にはまだまだだと思います。
自分がマスタリングしたあとに、同じ音源をAIにマスタリングさせてみて比較する……というような実験も試してみましたけどね。ただ、AI自体はすごいスピードで発展しているし、何を学習させるかで結果も違うでしょうから、今の時点で一概には言えないですね。

砂原:AIはまだ、確固たる価値判断ができないんだと思います。AIはどっちがいい、悪いというような判断力が足りてないし、その根拠がない。でも、こっち(人間)には、理屈じゃない「断然、これが好き!」というのが価値判断とその根拠があるわけじゃないですか? まあ、こういう状況も時間の問題かもしれませんが。
白根:自分も、制作でAIを使うことはありませんが……この前、仕事で関わった曲のドラムがすごくよかったんです。「一体誰が叩いたんだろう?」っていろいろ想像したんですけど、確認したらAIだと言われて。まあ、ただポンとAIが出力したものではなく、かなり細かいプロンプトを作成したり、込み入った作業を経て、人間らしい叩き方に寄せて作ったものらしいんですけど。

─今のAIが目覚ましく発展する状況は、ドラムマシンが登場したときに、「もうドラマーの仕事はなくなる」と言われた1980年代と、少し似ているのかなとも思うのですが。
白根:逆に、どう思われますか? これからどういう状況になるのか。
─個人的には、楽器を演奏する喜びというのは普遍だと思うので、プレイヤーの人口が完全にゼロになることはないと思います。ただ、音楽制作におけるAIの占める割合はどんどん増えるのではないかと。そうなると、演奏する人の人柄だったり、ストーリーのようなものが大事になるのかなあと個人的には思います。
砂原:僕は仕事中の気分転換で、わざと下手なバンドの演奏を打ち込みで再現する遊びをたまにやるんですよ。
ギターを降ろすときに、肩にかけたストラップが弦に腕が触れて「ビッ」とか鳴っちゃった場面を想像して打ち込むんです。「こういうヤツいるよなー」って(笑)。つまり、AIのような、模範的なクオリティーのものが溢れると、逆に下手な演奏が聴きたくなる……みたいなことはありそうですけどね。

白根:今は、はっきりと「正解」が求められる時代なのかなと感じますね。音楽や映画の感想にも「正解」があるかのようなムードというか。そういう中で、砂原さんが言うようなエラー的なものが重要になってくるかもしれないですね。
砂原:逆に、そういうエラー的な部分まで含めて、人間のやることをAIがマネできるようになったとき、人間がどうなるか気になりますよね。
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「正解」を求めがちな現代、「正解」が曖昧な中で遊んでいた1990年代

─TESTSETはライブに力を入れていますが、作曲の時点で、ライブを意識しているのでしょうか?
砂原:「ライブではこうなるだろう」というのは、少しは考えます。TESTSETにおいてリリース音源は、その曲のもっとも「プレーンな状態」という認識で、ライブでどんどん変わっていきます。
白根:ライブで実際に演奏して、映像や照明もあって、お客さんのリアクションを受けて、その中で楽曲が熟成していく……というような感覚はあります。
─ライブの雰囲気やお客さんの年齢層、反応はどうですか?
砂原:国内だと40代や同世代が多いのかな。どちらかといえば大人しい感じかと思います。先日出演した中国のフェスも、まあ、まだ我々のことも知らないし「何だろう?」というように見てる感じでしたね。もちろん同世代だけでなく、20代の子たちも観てくれるなら嬉しいですけどね。

─先日、パソコン音楽クラブがLIQUIDROOMでオールナイトのイベントを企画していて、非常に盛況だったんです。コロナ以降、ヒップホップだけでなく、若い人たちの間で四つ打ちやテクノの需要も増えているのかなと。一方で、大舞台もこなせる若手の電子音系のアーティストが足りていないようにも感じます。才能あるアンダーグラウンドなDJはいると思いますが。
砂原:前提として、今の子たちにとって面白いシーンはあるし、アーティストもいると思います。
でも1990年代は、全体的な盛り上がりがすごかった。それは社会からの抑圧が今ほど強くなかったことも関係しているだろうし、バブルの余韻で社会全体に経済的な余裕、あるいは浮かれた気分も少しはあったし。今はもっと、窮屈な感じはありますよね。その影響はあるのかもしれない。
砂原:あと単純に今、日本は全体的に高齢化が進んでいるし、国全体の雰囲気として年を取ってる感じもありますしね。1990年代って、遊び方もエネルギッシュというか、乱暴だった気がします。
白根:若い人が、マジメにならざるを得ない時代なのもわかりますね。「正解」が求められがちな時代ならでは不安とか、抑圧もすごくあると思います。
1990年代って「正解」がもっと漠然としていたから、もうちょっと自由だった。ジャンル的にも、いろんなことがシームレスに繋がっていた気がしますね。いろんなことが漠然としていて、でもそれが許された時代だったかなと思います。

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人力とテクノの間のビートを生み出した高橋幸宏、TESTSETが受け継いだもの
─TESTSETにおける価値判断の土台には、「1980年代的なサウンド」がひとつある気がしますが、実際にはいかがですか?
砂原:意識するときもありますが、「俺たち80’sスタイルのバンドだぜ」と、わざわざ主張する感じでもないですね。
あと、1980年代の音って誰にとっても聴きやすい音なんじゃないかな。あの時代のポップスって、すごく整理された音だと思うんですよ。ドラムやベース、コードにせよメロディーにせよ、シンプルで効率的にアレンジされているように感じますね。
─個人的には白根さんが作曲した8曲目の“The Haze”は“今だから”(※)のような、80’sテクノ歌謡のフィーリングを感じました。
白根:ハハハ、嬉しいですね(笑)。
砂原:“今だから”はアレンジを教授(坂本龍一)が、ドラムを(高橋)幸宏さんが叩いてる曲ですね。あの曲は「フィル・コリンズみたいな感じで」と言われてああなったと幸宏さんが以前言っていました。
白根:へえ、ご本人がそう言ってたんですか? 面白いですね。
※筆者注:松任谷由実・小田和正・財津和夫のコラボレーションシングル。演奏・アレンジに坂本龍一と高橋幸宏が参加。1985年リリース(YouTubeを開く)

─やはり、おふたりにとって、あの時代の音楽というのは重要ですか。
砂原:まあ、それしか知らないから(笑)。僕と白根くんは1980年代に10代を過ごしたというのが前提にあるけど、世代じゃない若い子でも、1980年代っぽい音を意図せず出してるときもありますしね。
白根:自分にとってはもう身体の一部というか、無意識に、自然とあの時代のメロディーやアレンジが出てきている気がします。
砂原:ドラムの打ち込みにしても、僕もやっぱり幸宏さんの影響はすごくありますよ。ドラムの音色やパターン、ちょっとしたフィルだったり、手癖的な部分も含めて。
白根:幸宏さんって、デジタルなリズムでも、フィルだけはヒューマン(人間的なノリ)で叩いてて、そのバランス感覚みたいなのは緻密に考えてらっしゃったと思います。フィルの前にもゴーストノートが入っている感じとか。
─「ダンダダッ」と歯切れよいフィルで終わる展開が「ユキヒロ・エンディング」と呼ばれているくらい、かなり特徴的な音ですよね。
砂原:だから今回の自分たちのアルバムでも、フィルは生で叩いてます。タムドラムを使うフィルって打ち込みだと、デモ音源っぽくなっちゃうから。ここはもう白根くんに叩いてほしいなと。
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TESTSETのサウンド、歌の支柱となる砂原良徳のディレクション
─ドラムについては、砂原さんが細かくディレクションするのでしょうか? 「こういうふうに叩いて」というような。
砂原:いや、というよりは「ここの音って、あの曲のあの感じだよね」「ああ、そうそう」みたいな感じですね。やはり世代的なバックグラウンドも近いし、そこは自然とわかり合う感じです。「そうじゃないんだよなあ」というような衝突は、今のところないですね。

白根:砂原さんとは気になるポイントがやっぱり近いな、といつも思います。フレーズもそうだし、ちょっとしたゲートリバーブのエコー(※)とか、打ち込みと人力の混ぜ具合とか。
それと、砂原さんは歌のディレクションには本当に唸らされました。“The Haze”の歌録りの際に立ち会ったんですが、ボーカルの導き方、判断の的確さに感心させられました。
※筆者注:1980年代に流行したドラムのエフェクト
─スーパーカー“YUMEGIWA LAST BOY”(2002年)、ACO“悦びに咲く花”(1999年)、やくしまるえつこ“神様のいうとおり”(2010年)など、砂原さんがプロデュースした歌ものは傑作ばかりです。現場ではどのように歌のディレクションをされているのでしょうか?
砂原:自分で歌うわけじゃないし、好き勝手言ってるだけですよ(笑)。でも電気グルーヴの頃から、スタジオで声を録る現場はずっと見ていたから、どうやったらいい歌が録れるかは昔から考えていました。
「この人は何回も歌わせない方がいいな」とか、逆に「もうちょっと歌ってもらったほうがいいな」とか、人によって合った歌い方もあります。食前・食後でも声は変わりますしね。

砂原:今回のアルバムだと、永井氏が歌う曲が増えましたけど、少しずつ歌手としてのキャラが確立してきたんじゃないかと思います。リードボーカルとして歌うのはTESTSETに入ってからですけど、もっとよくなると思いますね。
TESTSETを始めるにあたって、全部がLEOくんのボーカルではなく、永井氏も歌うし、2人が一緒に歌う曲もある……というイメージが最初からありました。そのイメージにどんどん近づきつつありますね。