まだ何者でもない若者たちが、選択と運命に翻弄される群像劇、ドラマ『シナントロープ』。その中心に立つのは、水上恒司。野球から俳優へと歩みを進めた衝動の原点、直感に従ってきた数々の選択。その芯には「いい俳優である前に、いい人間でありたい」という確かな思いが息づく。同世代の俳優たちが集う現場で、彼が受け取った緊張感と自由、制作陣の覚悟。不安と生きがいのあわいで語られる言葉には、表現者として時代にどう立ち向かうのかという静かな問いが込められている。
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不安と折り合うために見つけた、生きがい
—本作『シナントロープ』は、まだ何者でもない若者たちの群像劇です。水上さんがまだ何者でもなかったときのお話を教えていただけますか。高校生の頃は野球部に所属して、甲子園を目指していらっしゃったと伺いました。
水上:高校生の頃は、真剣に甲子園を目指していました。朝8時に練習を開始して、長いときは夜の19時頃までずっと練習。朝早く起きて自主的に朝練をすることもありました。野球を辞めて俳優としてデビューした頃は、本当に何もわからないまま飛び込んだ感じでした。だから「もし売れなくなったらどうしよう」とか「求められなくなったらどうしよう」なんて不安は、あまり考えていなくて。ただ、「目の前にチャンスがあるんだから、とりあえずつかんでみよう!」という気持ちの方が大きかったですね。今思えば、若さゆえの勢いとか、ちょっとした無鉄砲さがあったんだと思います。今は痛みを知っていますから、当時と比べるとビビっちゃっているかもしれません。
—水上さんでも不安になってしまうことがあるんですね。
水上:もちろん! 「俺、このまま一体どうなっちゃうんだろう」って考えて心配になることもありますよ。周りからの評価と、本来の自分にギャップを感じちゃうというか。周りからは絶好調に見えても、うまくいってないこともたくさんありますから。

1999年、福岡県出身。2018年、ドラマ『中学聖日記』で俳優デビュー。2020年映画『弥生、三月-君を愛した30年-』でスクリーンデビュー。第44回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。2023年『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』で第47回日本アカデミー賞優秀主演男優賞を受賞。ドラマ『MIU404』、大河ドラマ『青天を衝け』、映画『死刑にいたる病』などに出演。
—誰しも順風満帆ばかりではないですよね。そんな不安と、どんなふうに折り合いをつけていますか?
水上:生きがいを見つけることですかね。最近、自分の人生の中で「生きがい」ってなんだろう、と改めて考えることがあって、「人を喜ばせることかもしれないな」と気づいたんです。舞台にはまだ立ったことがないので、お客さんの目の前で演技をした経験はないんですけど、SNSやお手紙で感想をいただくと、やっぱりすごくうれしいんですよね。最近はAIとか、実在しないものとやり取りすることも増えているようですが、自分はやっぱり、生身の人を喜ばせられることに幸せを感じるし、それが自分の生きがいにつながっているんだと思います。
最初の質問に戻ると、甲子園を目指していたあの頃って「何者でもない自分」だったと思うんです。じゃあ今、俳優をしている自分は違うのかと言われると、そうでもない気がしていて。たまたま今は俳優という仕事をさせてもらっているだけで、根本的にはまだ「何者でもない」のかもしれません。ちょっと言葉遊びみたいに聞こえるかもしれないけど、自分では本気でそう思ってます。

水上:僕は俳優っていう、誰もがなれるわけじゃない仕事をしていて、ありがたいことに憧れの対象として見てもらえることもあります。恵まれている環境にいることもあり、正直、僕自身に共感してくれる人ってそんなに多くない気がしているんです。でも今回演じる都成剣之介は、ちょっと冴えなくて、卑屈なところがあるキャラクター。だからこそ共感できる人は多いんじゃないかなと思います。このタイミングで都成のような役に挑むことは、自分にとって挑戦でもあり、同時に試されているような感覚もありますね。