柴田聡子が、7枚目となるアルバム『Your Favorite Things』をリリースした。前作『ぼちぼち銀河』から表面化してきたダンスミュージック〜R&B的な志向が、ライブでも演奏をともにする岡田拓郎との共同プロデュースによってより一層鮮やかに開花し、柴田のキャリアにおける新たな転換点というべき作品となった。その一方で、繊細なサウンドメイクにもさらに磨きがかかり、一個のアルバム作品としての完成度もかつてないレベルに達している。
また、彼女の歌唱にもこれまでにない細やかなニュアンスが宿っている上、そこに乗せられる言葉の機微も一段と切れ味を増し、一人のシンガーソングライターとして新たな「ゾーン」に突入したことを告げている。
そんな柴田の才能をかねてより高く評価し、シャムキャッツとして活動していた時代から度々共演を重ねてきたのが、夏目知幸だ。彼もまた、ソロプロジェクトSummer Eyeのデビューアルバム『大吉』でダンスミュージックへと大幅に接近し、ファンを驚かせた。また、柴田と同じく個性的な詞作が高く評価されてきたアーティストでもある。
今回、『Your Favorite Things』リリースを記念して、両者による(ありそうでなかった)対談が実現した。出会いから、お互いの作品、歌唱、そして歌詞について。二人の話は広く、深く展開していった。その模様をたっぷりとお伝えする。
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柴田と夏目の出会い。夏目がベタ褒めした、“結婚しました”の歌詞について

シンガー・ソングライター/詩人。2010年、大学時代の恩師の一言をきっかけに活動を始める。2012年、1stアルバム『しばたさとこ島』でアルバムデビュー。2022年、6枚目のオリジナルアルバム『ぼちぼち銀河』をリリース。2016年には第一詩集『さばーく』を上梓。詩やエッセイ、絵本の物語などの寄稿も多数。2023年、足掛け7年にわたる文芸誌『文學界』での連載をまとめたエッセイ集『きれぎれのダイアリー』を上梓。詩人としても注目を集めている。2024年2月28日、7thアルバム『Your Favorite Things』をリリースした。

2009年にシャムキャッツのボーカル&ギターとしてデビュー。日本語によるロックの探求とインディペンデントな活動を通して、多くの若者たちに支持されながらも2020年に解散。2021年12月、1stシングル『人生』のリリースとともにSummer Eye名義でソロデビュー。2022年は、台湾のDSPSエイミーとのスプリット・7インチや、2ndシングル『求婚』をリリース。2023年2月、3rdシングル『失敗』と同曲のXTALによるリミックスをリリースし話題に。3月21日、1stアルバム『大吉』をリリース。先行トラックの『白鯨』はドラマ主題歌に。ライフワークであるコラージュ制作や、楽曲提供・執筆・DJなど、形態にとらわれない自由な表現で世界のおもしろさに貢献中。
―お二人が知り合ったきっかけから伺わせて下さい。
柴田:多分私がデビューする前……2011年くらいかな。シャムキャッツの出るライブを江の島の「OPPA-LA」へ観に行ったとき、初めて会ったような気がします。
夏目:あ〜、確かそうだったね。
柴田:その時、共通の友達と一緒に観に行ったんですけど、友達がテキーラをガンガンに飲んで夏目くんに話しかけに行っていて、「なんて恐れ多い!」と思った記憶があります(笑)。その時はすでに私達にとって夏目くんはスターでしたから。音楽はもちろん、歌詞も、バンドのあり方とかすべてが輝いて見えて……。
夏目:いやいやそんな(笑)。その後柴田さんがデビューしてからは、ちょくちょくイベントで共演させてもらってるよね。弾き語りで対バンしたり。
柴田:あったね。集客が悪くて主催の人に「約束のギャラが払えないんですが……」と言われて、私もまだぺーぺーだったから「あ〜、いいですよ!」って言っちゃったんですけど、夏目くんは毅然と対応していたのを覚えてます。「しっかりしてるなあ」って(笑)。
夏目:もう10年くらい前の話だよね(笑)。2019年にも王舟と一緒に函館でライブをやったり、思い返すとなんだかんだで長い付き合いですね。一緒に飲みに行ったりはしたことないんだけど、会うといつもTWICEとかK-POPの話で盛り上がるんですよ(笑)。
柴田:そうそう(笑)。けど、こうやって取材でじっくり話すのは初めてなので新鮮です。

―夏目さんは2019年に『シャムキャッツ・夏目知幸が送る 10年分の歌とことば』というトークイベントで、柴田さんの“結婚しました”の歌詞を分析していましたよね。当時CINRAでも記事になっていますが、独自の視点で鋭く解説していてとても面白かったです。柴田さんもその記事は読まれましたか?
柴田:もちろん読みました。
夏目:分析とかしてすみません(笑)。ベタ褒めした記憶があります。
柴田:本当に嬉しかったですね。自分の書いた歌詞をミュージシャンの方がそんなふうに読み解いてくれるっていうのも新鮮で。「逃げ足が早い」っていう表現がとても印象に残っています。この歌には第三者の視点が介在しているという指摘もまさにその通りで、さすがだなと思いました。逆に、こういう視点はなかったなっていう読み解きもあって、すごく面白かったです。
夏目:初めて柴田さんの歌を聴いたときから思っていたんですけど、柴田さんの歌詞って、一直線に進んでいかないっていうか、いろんな視点が並走していたり、枝分かれしている印象があって、それがとても独特に感じるんですよね。ひとつのシーンが描かれているとして、それが映画のように巧みにカット割りされている感覚というか。それは自分にはできないから余計にすごいなと思います。

―柴田さんにとっては、夏目さんが書く歌詞はどんなふうに映っていましたか?
柴田:さっきも言った通り、私にとって最初からスター的な存在だったので、「わあ、すごいなー」っていう初歩的な気持ちが先にきてしまうというか(笑)。夏目くんの言葉に限らず、基本的に私は、他の人の書いた歌詞を冷静に読み解いてみるみたいなことが全然できなくて。ただ、「すごいな〜」「素敵だな〜」っていう感じ……(笑)。逆に言うと、「この人みたいに書きたい!」とかもあまり思わなくて、ただ自分の言葉を書いている感覚なんですけど。
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夏目が聴いた柴田の『Your Favorite Things』。「『柴田聡子』という存在を完全に乗りこなしている」
―夏目さんは、柴田さんの新作『Your Favorite Things』を聴いて、いかがでしたか?
夏目:めっちゃ面白かったです。日を分けて3回聴いたんですけど、毎回面白かった。最初に聴いた時、「あ、これはもう柴田さんは『柴田聡子』という存在を完全に乗りこなしているな」と思いました。すごく楽しそう。
柴田:嬉しい……確かにそういう感覚はあるかも。今回サウンドプロデュースで岡田(拓郎)さんに入ってもらってガッツリ組んで制作したのが大きい気がします。こんなに楽しんで作ったのは初めてかもしれない。
夏目:すごく自由さを感じる。
柴田:「こういう音楽は私に似合わないだろうからやめておこう」みたいなのを取り払って作ったんです。例えば、TWICEが好きな自分と自分の音楽をわけて考えることをしなくなったんですよ。
夏目:フックはたくさんあるんだけど、日本のポップソングで言うところの「サビ」みたいな考え方からも自由になっているし、「歌」というより「フロウ」といった方がいい部分もたくさんあって。
全体的に、リズムとフロウがよく絡み合っていて、アルバム一枚通じて絵巻物っぽい、絵画的なイメージ。歌詞も、目で読まずにあくまで耳で聴くのが楽しい感じ。フラッシュ的に絵が浮かんでくるような。

柴田:今回、初めてボーカルを自分で録ることにしたんですけど、それが大きいと思います。リズムの面でも、声の出し方の面でも、前作まではどうしても言葉が浮いてしまっている気がしていたんです。それをどうやったら解消できるんだろうと考えていて。今回は、言葉を「音」にしたいと強く思いながら録音に臨みました。だからその感想はとても嬉しいですね。
―発声法もかなり変化しているように聴こえました。
柴田:ここ数年、そもそも自分の声が小さいっていうことを忘れていたんです。特にバンドと一緒にやるようになって以来、とにかく声を張らなきゃ、腹から出さなきゃって思っていて。性格もそれにあわせてやたら外向的な感じになっていったり(笑)。
でも、前作くらいから、ひょっとすると無理に声を張ってたのかも……と思うようになったんです。もともと性格もポジティブな方ではないですし(笑)。
―夏目さんもある時期からだいぶ発声法が変わりましたよね。
夏目:遡ると、シャムキャッツの『TAKE CARE』(2015年)っていうミニアルバムから発声について自覚的に考えるようになって、もっと丁寧に歌おうと思ったのが大きかったと思います。で、ソロ(Summer Eye)を始めたのをきっかけに、改めて「もう張らないでいこう」と決めました。
いい歳になってきたし、無理してドカーンって歌うのはもうやめようかな、って。そういうこと考えていた時、ちょうどボサノバとかブラジルの音楽をよく聴いていたんですけど、みんなポソポソと歌っているのにあんなに素晴らしいから、自分もこういうのがいいよな〜と思うようになったんです。
あと、一生続けられる音楽をやりたいなって思ったのもデカかったですね。自分を律してトレーニングを重ねながら頑張って声を張っていくっていうのも、ちょっとしんどいよなと思うようになって。
柴田:自分の場合を振り返っても思うけど、そういう発声法の変化って、突然ガラッと変わるっていうより結構シームレスなものですよね。私も普段の生活の中で考えることによって徐々に変わってきたなっていう感覚があるかも。
夏目:そうだね。
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柴田が聴いたSummer Eyeの『大吉』。「物事をわかりやすく直接掴ませてくれない感じもいい」
―柴田さんはSummer Eyeのアルバムを聴いてみていかがでしたか?
柴田:すごく良かったです! 最初はイヤホンで歩きながら聴いたんですけど、あ、これはスピーカーで大きな音で聴いたほうがいいやつだと思って改めてそうしました。
「夏目くん、クラブミュージックを作ってる!」と思ったのと、何よりスタイリッシュだし、これを作り上げるっていうのはやっぱりミュージシャンとしてのテクニックがすごいと思いましたね。もちろん、テクニックだけというわけじゃなくて、曲もアレンジも、歌詞も全体が良くて。
夏目:嬉しいなー。
柴田:他のアーティストの名前を出すのもアレですけど、あえていうと、歌詞にスライ(Sly & the Family Stone)に通じる良さがあるなと思いました。
夏目:おお、スライの歌詞、俺も好き。
柴田:今の時代の空気感と重なって「頑張って生きていかなくちゃね」みたいな姿勢を感じるんだけど、ちゃんと切なさとか愛おしさを描いてるのがさすがだなって。スライを聴いているときにもそういう気持ちになるんですよ。「やっぱり人間頑張るだけじゃね……」っていう気持ちも掬い取っているというか。
物事をわかりやすく直接掴ませてくれない感じもいいですよね。それは、普段の夏目くんと話していても少し感じるところなんだけど。

夏目:それは多分クセなんだろうなあ。じつは、僕としてはいつも一番わかりやすい表現を選んでいるつもりなんですけど、最終的にそういう印象になっているというのは自分でも理解してます。
一時期そのことについてちょっと悩むこともあって、もっとストレートに伝えたいという気持ちもあったんだけど、最近は、まあそれも含めての個性だし、自分なりにストレートの球を投げているつもりであればいいかなと思えるようになってきましたね。
柴田:そうか、そういう話を聞くと、余計に歌詞が面白く響いてきますね。
夏目:でも、俺からすると柴田さんにもすごく強さを感じますよ。こういう仕事をしていて、何も予定のない日とかにダラダラ過ごしていると、「こんなのでいいのかな」って不安になったりするじゃないですか。以前柴田さんに「そういうことないの?」って聞いたら、「私はない」って即答していて。

柴田:なんかヤバイ奴みたいだね(笑)。けど、今はそれなりに不安感じていますよ。この間も積立NISAを始めたし……。
夏目:(笑)。
柴田:でも、将来に対するそういう漠然とした不安を持ちながらも、家のこととか家族のこととか、日々のことについての心配は曲を作ることによって全部乗り越えようとしているところもあって、自分でもかなりヤバいなと思うんですよ。
音楽が人生のあれこれを乗り越えるための道具みたいになっちゃってる。だから、音楽という存在がなくなっちゃったら本当にまずいことになると思う。コロナの時もそうだったし、依存度がどんどん高まっちゃってるんです。
夏目:それこそ、新しいアルバムはまさにそういう感じがする。作ること自体が処方箋になっているような印象もあるな。
柴田:だから今は「音楽よ、どうか私を見捨てないで」って気持ちしかないですね。自分から音楽が奪われたら、命が絶えるよりも辛いかもしれない。昔はもっと軽い感じで付き合っていたはずなんですけどねえ。
夏目:自分の作っている音楽とシンクロ率が異常に高まるときってあるよね。そういう意味でもこのアルバムは、さっき言ったみたいに柴田さんが「『柴田聡子』を乗りこなしている」どころか、「歌と一つになっている」って言ったほうがいいのかもね。

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二人の書く歌詞について。「直截な言葉って、シンプルに見えて、じつは一番大きく謎を引き付ける表現だと思うんです」
―ここからはより歌詞にフォーカスした話に移らせて下さい。まず夏目さんに伺います。前半でも少し話に出た通り、それまでのバンド時代の歌詞と比べると、Summer Eyeではよりシンプルな表現になってきている印象があります。具体的な表現のレベルでも、やはり意識に変化があったんでしょうか?
夏目:そうですね。前までは、例えばミカンのことについて歌おうと思ったとしたら、「丸くてオレンジ色ですっぱいやつ」みたいな表現をしていたんですけど、ここ最近は一言「ミカン」って言い切ったほうがいいなと思っていて。
音としても意味としても、ギュッと身が詰まった言葉遣いができた時点ではじめてその曲が完成するというイメージですね。比喩表現もなるべくここぞっていう時だけにして、簡単に言えちゃうことは簡単に言い切っちゃおうという気持ちが強くなりました。
―それって、柴田さんの歌詞にも通じるものがありそうですね。柴田さんの歌詞って、表現自体はすごく直截だなと感じるんですけど、一方で、言葉通りにただありのままのことを言っているのではなくて、視点の変化や逸脱を交えながら歌われることで、言葉と言葉の間に明示されていない意味が滲んでくるような感覚があるんですよ。
夏目:うんうん。わかります。
―どういう考え方を経てそういう言葉の連ね方になっているのか、とても気になります。
柴田:それは多分、私がもともと映像の勉強をしていたからだと思います。コラージュとかカットアップとかモンタージュとか、いろいろな手法を教わったんですけど、そういうことを知ったおかげで、仮に同じものを撮っていたとしても映像表現っていうのは無限の可能性があるんだなと理解できたんです。
やろうと思えばなんでも繋ぐことができるんですよね。そこで得た驚きが、自分の歌詞にある視点の移動だったり、言葉自体の組み合わせ方に影響を与えていると思うし、実際にこれまでもそうやって挑戦してきたつもりです。直截な言葉って、シンプルなように見えて、じつは一番大きく謎を引き付ける表現だと思うんですよ。その言葉の含むものの大きさが底知れないというか。
夏目:わかるな〜。

柴田:もともと私は、擬人化がやめられない人間だったんです。「すべてのものに人と同じような魂がこもっている」っていうアニミズム的な発想じゃないけど、モノをやたら人に喩えて、人間の観点から考えてしまいがちで。
けど、最近はそればっかりじゃダメだと思うようなったんですよね。つまり、自然とか人間以外のものを深く理解しているようでいて、じつは「人間」っていう概念を尊重しすぎた、もっといえば人間であることの誇りみたいなものが不遜なかたちで働いてしまっているってことでもあるんじゃないかと思って。
人間って、いいところもいっぱいあるけど、どうしようもないところもたくさんある。今の世界の状況を見ても、どうしようもないどころか、害悪としか言いようのないこともたくさんあって……。
夏目:何千年も同じ過ちを繰り返してますからね……なんかすごい話になってきたな。
柴田:物事を形容するにしても、数学的っていうか、自然科学的な言い方はいいと思うんですよ。例えば、「太陽は大きくて丸い」みたいに。けど、「まるで風が話しかけてくるように」みたいな表現は、よく考えてから使わなきゃダメだと思っていて。
夏目:「花鳥風月を安易な人間の思い込みで擬人化するなよ!」と(笑)。
柴田:そう。「人間の都合にあわせて感傷に浸っているんじゃない!」って(笑)。とか言いつつ、今でもそういう表現をしちゃうんですけどね。

夏目:反対に、一見ドライな言葉遣いでも、顕微鏡で見てみたり望遠鏡で見てみたり、目線を変えるようにカット割りされた表現を使えば、面白い歌詞はできるってことだよね。
柴田:そうそう。だからこそ、比喩を弄ぶんじゃなくて、あくまで直截な表現を積み重ねていくのが一番面白いと思ってしまうんですよ。
夏目:めちゃくちゃわかる。
柴田:たくさん歌詞を書いていると、つい手癖みたいなものができてきちゃうんですよね。それに溺れないようにするためにもそういうことは考えていますね。といっても、テクニカルな確信があるというより、あくまで勘でやっている感じなんですけど(笑)。
夏目:でも、そうやって勘で作ったものとはいえ、やっぱり自分で「これだ」と納得するタイミングがくるわけだよね。
柴田:そう。歌いながら作っていくと、最初はバラバラだったものが、不思議となんとかなっていくんですよね。今回の作品は特にそうでした。「ここはリズムに乗らないかなあ」みたいなところも、「乗せるぞ!」っていう根性と開き直りがあれば案外乗っちゃうこともわかって。
昔は「ここちょっとハマりが悪いな」っていうところがあった場合、他の言葉に置き換えたりしていたんですけど、最近は「この言葉がどうしても必要だから、気合を入れて歌の表現力でいくしかねえ!」って思えるようになったんです。
―柴田さんの言う「歌でなんとかする」っていうのは、本来想定していた音符なり譜割りから外れてでもいいから、何よりも説得性のある歌を歌うっていうことですかね?
柴田:そうですね。
夏目:その話で思い出したのが、忌野清志郎さんの“500マイル”のカバーバージョン。ピーター・ポール&マリー版で有名な曲ですけど、清志郎さんは日本語に訳して歌っていて。
夏目:はっきり言って原曲の譜割りやノリとは違うものになってしまっているんだけど、その方が圧倒的に「歌」になっている気がしたんですよ。それは自分で曲を書くときにも大きなヒントになってるんだけど、柴田さんも、まさにそういうことを自分の歌を歌うにあたってやっているのかもしれないね。
柴田:そうかもしれない。でも音韻論をわかってやっているわけじゃないし……勉強しなきゃなと思うし、本当はこういう話をいろんな人とたくさんしたい!

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「柴田さんの曲って、実際に同じような経験をしたことないはずなのに『わかるなあ』っていうラインだらけなんですよね」
―少し話題を変えます。個人的に、お二人の歌詞に共通する点だと思っているんですが、自分の「リアル」を投影するシンガーソングライター的なニュアンスと、かたや脚本家のように俯瞰して物語を語っているような感覚が絶妙なバランスで両立しているように感じるんです。そのあたりはどの程度意識して歌詞作りをしているんでしょうか?
柴田:たしかに、そう言われると自分でもそうかもなとは思うんですけど、(小声で)結構そこは適当にやっているかもしれない……。
―お二人とも、さだまさしさんのカバーをやられていますよね(筆者注:柴田は“案山子”を、夏目は“雨やどり”をカバーしている)。ああいうふうに濃密な物語性をもった歌詞を書こうと思ったりはしないんでしょうか?
柴田:さださんはすごく飛び抜けた才能だと思うんですけど、私はああいう短編小説的な世界を自分の歌でやれる自信はないですね。ストーリーテリングを上手くできてるっていう自覚はあまりないかなあ。
夏目:俺もないなあ。
柴田:ひとつの「お話」を作るっていうのはできるかもしれないんだけど、多分「物語」っていうのは「お話」より自由で大きなものだと思うんですよね。

―極端な例かもしれないですけど、「お話」というのが単なる「深イイ話」みたいなものだとすると、「物語」というのは本来的に別のものだと考えているってことですかね?
柴田:そうです、そうです。
夏目:めちゃくちゃわかる。「深イイ話」に陥らないようにする努力はすごくしているかも。ふと気づくと「深イイ話」になっちゃいがちなんだよね、歌詞って。
柴田:ただ起承転結を作るだけが「物語を作る」ということじゃない気がするし、プロの作家さんの小説を読んでいても、起承転結なんて通用しないくらい不思議なところで終ったりわったりするじゃないですか。けど、結果的にすごく豊かな物語になっているんですよね。
―一方で、お二人の歌詞に自分の姿を投影してみたり、なにがしかの物語性を見出している人はきっとたくさんいると思いますよ。
夏目:柴田さんの曲って、実際に同じような経験をしたことないはずなのに「わかるなあ」っていうラインだらけなんですよね。“後悔”っていう曲の<ああ、バッティングセンターでスウィング見て以来 実は抱きしめたくなってた>っていうのとか、そう思った経験はないのに、「めちゃくちゃわかる〜!」って(笑)。
しかも、ポイントは「実は」って付いているところで、つまりこの人物は相手に対してそのことを直接告げたわけじゃないんですよね。あくまで胸のうちで思っていたこと。それがまた「めちゃくちゃわかるわ〜」って(笑)。僕が歌詞の中の人物に憑依してしまっているっていうか、逆に憑依されているっていうか……存在しないはずの記憶をありありと思い出しちゃうんだよね。
柴田:それはすごく不思議だね。嬉しいなあ。
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「やっぱり夏目くんの歌には、愛しさをすごく感じますよね。人間への真心がスゴいし、優しい」
夏目:「歌を通じて物語を語ろうとしているか?」っていうさっきの質問に戻ると、僕は、お話の形式を作ったうえで、その中に出てくる人物のキャラクターを掴んでもらえたら成功だと思っているんですよ。何十話をかけたドラマとかでも、キャラクターが全然描けてないものってあるじゃないですか。
その逆に、アキ・カウリスマキとかホン・サンスの映画みたいに、派手な起承転結があるわけじゃないけど、ちょっと会って話してみたくなるくらいキャラクターが滲み出ているものってあるんですよね。そういうものの3分間ポップスバージョンができたらいいなと思ってますね。
―まさしく、夏目さんの歌にはそういうキャラクターがよく登場するように思います。なんというか、描かれている人物が愛しくてたまらなくなる感じ……。
柴田:わかる! やっぱり夏目くんの歌には、愛しさをすごく感じますよね。人間への真心がスゴいし、優しい。
夏目:結構愚かしい人間ばっかりを描いているけどね(笑)。でも、むしろそっちの方が人間らしいってことでもあるじゃないですか。
柴田:それこそが真心に違いないと思うなあ。

夏目:ソロでやっていこうと思った時、何を描きたいのかよくわからなくなっちゃったんですよ。正直、みんなが楽しく元気に生きていければそれでいいし、それ以上言うことないじゃないですか。そういうときに、逆に愚かで情けない人物をみたてて、そいつをキャラクターとして動かしていったら面白いんじゃないかと思ったんですよ。
―<そんなことより あのコえっちだったナー>っていう元も子もない言葉で締められる“大吉”とか、いかにもだめだこりゃっていうキャラクターだけど、なぜだか強烈な愛おしさがありますよね。
柴田:本当に。ああいうことを思える人はもはやカッコいいと思いますけどね、私は(笑)。
夏目:やっぱり、最終的には『ドラゴンボール』の亀仙人みたいな存在になりたいんですよ、僕は。おじいさんになってもパンティーを見て鼻血を出しちゃう、そういうヤツ。こういう話をすると、大抵「何を言っているんだこいつは」って話になるだろうし、現代の価値観とは乖離しているのも自覚しているんですけどね。
けど、人間の愛おしさって、確実にそういうところにも宿っていると思うんですよね。そういうのと誠実さをどうやれば両立させることができるんだろうかっていうのは自分のテーマだし、結構本気で考えてますね。
柴田:今のSummer Eyeのクラブミュージックっぽさって、そういう感じともすごくフィットしているように思うなあ。
夏目:その感想は嬉しいね。昔のハウスとかダンスミュージックのレコードって、ずっと「Loveがなんとかで」みたいなシンプルなフレーズを繰り返しているだけだったりするじゃないですか。トランシーな状態で身体を動かしながら踊っているときって、簡単な言葉がポーンって投げ入れられると途端にそれが体中を巡って理解できた気になるんですよね。
そういう状態にいくと、具体的なエピソードを無理に物語のように組み立てて歌う必要もなくなっちゃう。その可能性に賭けていきたいっていうのはありますね。
