INDEX
「13個の穢れていない石」から考える、悪意と創作
自らを登場人物に投影しながら、本作は何を問うているのだろうか。宮﨑駿自身の自己問答のような印象さえ受ける二人の対話と眞人の選択については、さまざまな解釈が可能だろう。ここで重要だと思われるのは、前述の「悪意」だ。鈴木敏夫プロデューサーは、インタビューで、「仮に宣伝をやるとしたら『悪意』という言葉を使いたかった」「悪意が時代全体をおおったんです。今の世の中ともたぶん、関係がありますね」と答えている(参考記事:君たちはどう生きるか 鈴木Pの肉声「主人公と時代の悪意を描いた」)。
大叔父はこの異世界を創造する者であり、血縁者に自らの仕事を継がせようとしている。彼は、13個の穢れていない石を使って、現実世界とは違う、悪意のない理想の世界を創るように眞人に言う。眞人は自らがつけた傷を見せながら、「これは僕の悪意のしるしです」と言い、叔父の世界に残ることを拒み、現実へと帰っていく。
13個の石や異世界が宮﨑駿監督作を含めたアニメーション、ないしは創作の世界だとして、悪意のないフィクションに耽溺せず厳しい現実へ戻れと説いているのだろうか? そう単純ではないだろう。眞人が自分や世界の悪意を自覚できたのは、この異世界の冒険を通してだ。
また、眞人は大叔父の世界で拾った一つの石を現実世界に持ち帰ってきており、いずれ忘れるとされたものの、異世界での記憶を保持していた。これは、戦争をはじめとした世界の悪意や自分が抱える悪意に対して、創作物や理想が直接役に立つわけではないが、無力でもないと伝えているように思えた。本作『君たちはどう生きるか』や眞人が読んだ小説がそうであるように、フィクションは、悪意や現実に向き合うためのきっかけを与えることがあるかもしれない。
世界と自らが抱える悪意に向き合うこと。そのために我々はどう生きるのか。それに対して創作は何を表現するのか。『君たちはどう生きるか』が投げかけるこうした問いは、今の時代において盗むとは何かを考えた『ルパン三世 カリオストロの城』以降、常に社会と向き合ってきた宮﨑駿のアニメーション作りそのものでもあると言えるだろう。

『君たちはどう生きるか』
全国公開中
原作・脚本・監督:宮﨑駿
主題歌:米津玄師「地球儀」
製作:スタジオジブリ
配給:東宝
©2023 Studio Ghibli