川上未映子の短編小説を原案に、アートディレクター/グラフィックデザイナーの千原徹也が初監督を務め、7月14日に公開される映画『アイスクリームフィーバー』にマカロニえんぴつのはっとりが出演。主演の吉岡里帆やモトーラ世理奈に加え、水曜日のカンパネラの詩羽や主題歌を担当する吉澤嘉代子といったミュージシャンも出演者として名を連ねるなか、はっとりは物語のキーパーソンの一人を演じている。
これまでマカロニえんぴつのミュージックビデオへの出演などはあったものの、映画への出演は今回が初めて。ロックバンドとして10年以上転がり続ける一方で、6月29日にちょうど30歳の誕生日を迎えたはっとりは、これから個人としてどんな表現を志向しているのか。主戦場としているライブの現場とは異なる環境に苦労したという撮影の裏側や、音楽以外でいま興味・関心のある表現について話を聞いた。
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はっとりの背中を押したリリー・フランキーの助言。自分じゃないほうが楽でいられる?
ー今回映画には初出演だったわけですが、もともと演技の仕事に対する興味はどのくらいありましたか?
はっとり:できるかどうかは置いておいて、やってみたいなっていう気持ちはありました。雑誌(『MG』)の連載で、リリー・フランキーさんと対談をさせていただいたときに、「君はいずれ役者の話が来ると思うから、そのときは飛び込んだ方がいいよ」って言われたんですよね。
はっとり:そのリリーさんの言い方が、スッと受け入れられるような……不思議な力を持ってたんです。もともとすごく好きな方だったし、「リリーさんが言ったことなら間違いなさそうだな」って、なぜかそのとき思ったんですよ。なので今回お話をいただいたときも「飛び込んでみよう」と思えたんです。
ーさすがリリーさん、予言みたいですね(笑)。
はっとり:でも思い返してみると、父親の知り合いが劇団を持ってて、小さいときに演劇を見に行ったのを鮮明に覚えていたり、身近にそういう人が多かったんですよ。通ってた保育園の先生も演劇をやってたりとか、「演じる」みたいなことは自分の身近にあったので、もしかしたら幼少期から興味は持っていたのかもしれないです。

2012年「マカロニえんぴつ」を結成。バンドではメインソングライターとボーカル、ギターを担当。エモーショナルな歌声とキャッチーなメロディ、独特な歌詞の世界に幅広い年代から人気を集め、数々のCMや映画、ドラマの主題歌を担当。「日本レコード大賞」では最優秀新人賞を受賞し、翌年には優秀作品賞にも選ばれ2年連続の受賞を達成!バンド活動以外でもNHKの番組『偉人の言葉 Archived by NHK』にてナレーターとして参加、自身初となる歌詞集「ことばの種」を出版し話題になるなどマルチな活躍をみせている。
ーいわゆる演技とはちょっと違うと思うんですけど、はっとりさんはある意味「なりきり人生」を送ってきてるわけじゃないですか。「はっとり」という名前を名乗ることで、奥田民生さんになりきったり、以前別の取材で子供のころはよくアニメのキャラクターになりきって遊んでいたと話してくれたり。そういう資質と「演じる」という仕事には通じる部分もあるんじゃないかなと思ったんですけど。
はっとり:これもまたリリーさんの受け売りみたいになっちゃうんですけど、前に「自分じゃないほうが楽にいられる」みたいなことを言われてたんですね。自分のことを書かないといけないもの書きモードのときのほうが大変で、自分じゃない誰かを演じる役者モードのほうがまだ楽にいられるって。小説とかエッセイを書くとなると嘘はつけないし、自分をさらけ出さないといけないから。
その気持ちもすごくわかるし、あと僕の場合は自分でいるよりなにかに憧れていたほうが、単純にそのとき楽しいというか、ワクワクするんですよね。誰でも自分がなんたるかを探している人生だと思うんですけど、もし誰かに憧れたり真似したりを禁じられた状態で自分を探し続ける人生だとしたら、それはすごくつらいだろうなと思っちゃうんです。

はっとり:「こうなりたい」っていう対象がいて、「どうやったら似るんだろう」とか「どうやったら近づけるんだろう」って言ってる時間のほうが楽しいし、自分にかかる負荷が少ない。それがリリーさんの言う「自分でいないほうが楽」っていうことなのかもなって。
ー役者という職業は自分ではない人になりきることによって、その先で自分がなんたるかを見つけていく職業と言えるかもしれないですね。
はっとり:そうかもしれない。演じた先で新しい自分に出会うじゃないですか。まあ、すごく活躍されてる俳優の方だと「自分とは?」って考える隙もなく次から次に役が決まって、それに追われて大変でしょうけどね。常に誰かを演じたり、自分以外のものになりきったりしてるのは……「楽」と言うと語弊がありますけど、でもそこに楽しさがあるんじゃないかなと思いますね。
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普段のライブとはまったく異なる演技の難しさ。「『俺こんなに声ちっちゃいんだ』と思いました」
ー実際の撮影を振り返っての感想を教えてください。
はっとり:やっぱり難しかったですね。最初に撮影した吉岡里帆さん演じる菜摘とのシーンはまだよかったんですよ。「吉岡里帆さんがいる」っていう緊張はあったんですけど、でも対人だから、その人に向けての声量で話せるし、会話という前提で演じられたんです。
はっとり:ただその次のシーンが、荷ほどきしながら電話をするシーンで、あれは独り言なんですよ。電話は実際には繋がってないから。相手がいない演技をいきなり素人がやるっていうハードルの高いシーンで……あれは難しいというか、照れがありましたね。観客側からは1人しかいない部屋に見えるけど、カメラ周りには何人もスタッフがいて、黙ってこっちを見てるわけですよ。あれがね、めちゃくちゃ恥ずかしかった(笑)。
ーライブ会場でたくさんの人を前にして歌うのとは全然違う?
はっとり:違いますね。ライブだったり、得意なことをやってるときの自分と、演技っていう、自信がないことをやってるときの自分は全然違いました。すごくちっぽけというか、そういう自分が恥ずかしくて、「俺こんなに声ちっちゃいんだ」と思いました(笑)。
ー普段あんなでかい声で歌ってるのに(笑)。
はっとり:どこから発声していいのかわからなくなっちゃって。でもマイクはやっぱりすごいですね。編集でガン突きしてくれたんだと思うんですけど、出来上がりを見たらちゃんと声が出てました。「これ拾えてるかな?」ってくらい、自分の中では全然声が出てなかったんですけど。

ー吉岡さんとのシーンはいかがでしたか?
はっとり:吉岡さんとは普通に会話をするシーンだったんですけど、普段の自分過ぎてもダメっていうか。ヘラヘラした感じの役ではなくて、ちょっと知的な風貌だし、おとなしい感じの役だったから、普段の自分の感じを出しすぎてもちょっと違うなと思って、言葉遣いを考えながら演技するのが大変でした。
ー普段の自分とはかけ離れた、強烈な個性がある役でもないし、だからといって素の自分そのままというわけでもないし、その塩梅が難しい役だったかもしれないですね。
はっとり:普通の人っちゃあ普通の人というか、とりえがないところが逆にポイントで、ちょっと地味めなんですよね。まあ、プライベートの自分も普通というか、すごい挙動不審だから(笑)、そのままでもいいっちゃいいんですけど……でも素っていうのが一番難しいのかもしれない。
奇天烈なほうが振り切れる可能性は高いですよね。一回こういうお仕事をやらせてもらうと、「今度はこういうのもやってみたいな」とかも出てきて、それこそもっと振り切った、キャラ的な役を演じるのも面白そうですよね。
ーいますでにやってみたい役はありますか?
はっとり:……ならずもの(笑)。すごくぼんやりしてるけど、めちゃくちゃな人をやりたいです。まあ、もしそういう機会があった場合でも、撮影のときあんまり人はいないでほしいですね。隠しカメラとか定点カメラで撮ってほしい(笑)。

ーそういうコンセプトの、ドキュメンタリーっぽい作風ならいいかもしれないけど(笑)。
はっとり:人に見られながらベッドシーンをやられる役者さんは本当にすごいなって……そういうふうに見ちゃうんですよね。「このシーンよくこんな自然にできるな」って。西田敏行さんの『釣りバカ日誌』とかを見てても思います。超自然だなって。
ー当然ですけど、プロの役者の方はすごいですよね。
はっとり:今回の仕上がりを見たら、自分が思ってたほどダメではなかったんですよ。目も当てられないぐらいのを想像してたんですけど、編集の妙もあり、映像の質感もすごくおしゃれに持っていかれてて、「大丈夫だ、見れる」って。『MG』で吉岡さんと対談をさせてもらったときも、「うちのマネージャーがはっとりさんの演技を絶賛していて、すごくいいって言ってました」って言っていただいて……「マネージャーかあ」ってなりましたけどね(笑)。
ーホントは吉岡さんご本人に褒められたかったと(笑)。
はっとり:でもすごく嬉しかったです。そういう風に言っていただける人が1人でもいるのは本当にありがたいですね。
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はっとりは言葉の人ではなく視覚の人? 「アレンジはいつも映像的に組み立てる。あの作業を奪われたら、やりがいの半分以上を奪われるのと同じ」
ー完成した映画自体に対しては、特にどんな部分が印象的でしたか?
はっとり:(監督の)千原さんが「これは映画じゃない」とおっしゃっていて、それがなんとなくわかるというか、流れ的なものはあまり重視してないんですよね。アートディレクションとかデザインをされてる方だから、もっとアートに近くて、僕はどのカットも画角がすごく面白いと思いました。普通であればもうちょっと引きのほうが見やすいシーンでも、「見やすさを排除してでも、この色味を強く見せたいんだろうな」とか、そういう画角であったり、色使いにすごく気を使ってやられていたなと。
ー特に印象に残っているシーンはありますか?
はっとり:銭湯のシーンは好きでしたね。あの雰囲気だけポツンと、ちょっと異質な感じがして、ロケーションもちょっと違和感あったじゃないですか。全体的にはおしゃれだったりスタイリッシュだったりするなかで、あそこだけ急に庶民派なシーンが混ざるのが違和感として面白かったです。
ーはっとりさんの視覚的、映像的な感性についてもお伺いしたくて。マカロニえんぴつは歌詞の評価も非常に高くて、はっとりさんのことを「言葉の人」と思ってる人も多い気がするんですけど、でもこれまで取材をさせてもらってきて、本人は意外とその自覚がないのが面白いなと思っていて。もともと音楽と並行して漫画家を目指していた時期もあるそうですし、これまで活字より映画やアニメに触れる機会のほうが多かったそうですが、ご自身では自分の感性をどう分析していますか?
はっとり:なんでも映像的に捉えてるんだと思うんですよね。僕はちっちゃいときからずっと絵を描くことが好きで、絵を描くのが苦手な人は平面的にものを描くんですけど、僕はちっちゃいときから立体的にものを描いていて、父親にそれを感心されていた記憶があって。
それは音楽に対してもそうなんですよね。マカロニえんぴつのアレンジは僕が中心になって考えていて、バンドのアレンジを誰かに頼んだことは1回もないんです。この作業を奪われたら、やりがいの半分以上を奪われるのと同じ。僕にとってはアレンジの仕事が絵を描くことに取って代わってるんです。アレンジはいつも映像的に組み立ててるんですよ。
ーそれは抽象的なイメージみたいなものが曲ごとにあるということなのか、もっと具体的に、DTMの画面を思い浮かべてるのか、それともバンドで演奏してる画を思い浮かべてるのか、どれが一番近いですか?
はっとり:それはもう全部ですね。おっしゃる通り、宅録をしてないときでも、頭の中にDTMの画面が出てきたりもするんですよ。テンポの数字とトラックの波形とグリッドの線が、スタジオでアレンジをしてるときにも常に浮かんでるんです。
ライブで演奏してるときのことを想像してる瞬間もあるし……でも一番多いのは「あのバンドのあの曲のあの感じ」みたいなのがイメージとしてあるんですよ。自分のなかではそれをイメージした瞬間にもう完成形は見えていて、そこから「スタジオにあるこの楽器たちで、どうしたらそこに持っていけるのか」を考えるんです。

はっとり:でもそこに向かっていく途中で意図しないことが起こるんですよ。たまたまエフェクターの電池が切れかけてて、細い音になった。でもこの細い音が意外といいから、「イントロにこの音を入れて、こんな感じで弾いてみて」とか、違うアレンジに進んでいったりするのも楽しい。で、そうやってどんどんどんどんレコーディングが長くなってくる(笑)。
ーあはは。でもやっぱりすごく映像的なんですね。
はっとり:絵を描いてるときも一緒でした。なんとなくイメージはあるんだけど、描いていくうちに、「なにこれ?」ってなるんです。でもその「なにこれ?」があるから、自分も楽しませられる表現になってるというか。歌うことと歌詞を書くことはなかなかね、自分を楽しませる表現ではないんですよ。矢印が外にだけ向いてる表現だったら、きっとつらくなると思うんです。もの作りのきつい部分だけがどんどんどんどん膨れ上がっていく気がする。そうじゃなくて、ちゃんと「自分も楽しい」っていうのが、曲のアレンジと絵を描くことなんですよね。