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面白ジャンキーの結果としての啓蒙
ー音楽、ラジオ、執筆と、宇多丸さんのアウトプットはどれも啓蒙的だと思うんです。
宇多丸:そうだと思いますよ。そこが嫌われるんだと思います(笑)。何かを背負ってるとかじゃなくて、そうしたいからやってるだけなんですけどね。
ー権力を持つ側が用いるには危うい概念ではありますが、それを差し引いても1990年代以降、とにかく啓蒙的なものは「偉そう」「難しそう」と敬遠される傾向にあると思っていて、それが現在の様々な問題の要因になっているんじゃないかと。コミュニケーション不全もそうだし、洋楽や洋画の人気が落ちているのも届ける側に啓蒙的な視点が欠けているのが一因だと思うんです。そんななかで宇多丸さんはある意味孤軍奮闘というか、新著『ドキュメンタリーで知るせかい』もど直球で啓蒙的ですよね。
宇多丸:啓蒙っていうとちょっと構えちゃうところもあるけど、根本は「僕が面白いと思ったいいものを他の人にも知らせたい」という欲求が強いということで。面白い映画を観た翌日に友達を捕まえてずっと話してる、みたいなことを、小学生の頃から変わらず今もやってるだけ、とも言える。
政治的・社会的なことも昔から言ってるんですよ。ヒップホップ専門誌に連載してる時からそういう話をしてるので、最近説教くさくなったわけじゃない。もともと説教くさいんです(笑)。

宇多丸:露悪的な言い方に聞こえるかもしれないけど、『ドキュメンタリーで知るせかい』に書かれているようなことはすごく刺激が強い。嘘っぱちのフィクションより、全然こっちの方がすげえ! というのはあります。最近は映画を観るにしても、「でも嘘なんだよね?」って思っちゃう(笑)。フィクションはもちろん受容しやすく作られているけど、ドキュメンタリーで描かれているのは実際の僕らの暮らしと地続きで、当然そこで起こっている事態のエグさも、フィクションとは比べ物にならないわけじゃないですか。同じ時間で受ける刺激、情報量、情緒の密度は、ドキュメンタリーの方が濃いというか。端的に「現実って面白い」と思ってるからこそこの本を作った、ということです。
情報がリアルタイムで入ってくるようになって、世界のいろいろな出来事が身近になってると思うんですよ。例えばパレスチナで何が起こっているかも画像付きでどんどん入ってくる。当事者の声も聞けるし、そういう意味では今こそドキュメンタリーを観るべきタイミングとも言えるかもしれない。
ー何かの事柄を扱ったとして、それで終わりではなく常に新しい情報をインプットして更新されていますよね。それも宇多丸さんが発信することに対する説得力につながっているんだなと。
宇多丸:何かやるたびに自分の不勉強が明らかになっていくんですよ。『ドキュメンタリーで知るせかい』を作ってる時がまさにそうだったんですけど、伴野さんと喋ってるうちに「俺、何もわかってねえな」と気付くんです。それで少し勉強してわかったつもりになるんだけど、専門家の人に話を聞いたら「甘い、こういう本を読みなさい」って言われて「すいません!」みたいな。前の原稿は全然ダメだから追記しなくちゃ! の繰り返しで、どんどん書くべきことが増えていくから、なかなか本ができなかった。
だから自分は自分の無知が恥ずかしいからなんとかしなきゃ、というのが続いているだけで、全然かっこいい話でもなんでもないんです。例えば「アメリカにモン族って33万人もいるの!?」っていうことがわかれば、アメリカのベトナム戦争への向き合い方と、それ以降の中東の紛争への向き合い方が全然違うということもわかってくる。アメリカ映画が描いてきた戦争というものの移り変わりも見えてくる。知れば知るほどネットワークが繋がって立体的になるし、どんどん面白さは加速していきますから。ただの面白ジャンキーなんですよ。本当に趣味の悪い言い方をすれば、一番刺激が強い「現実」に行き着いたという。