誰かから相談を持ちかけられて、それにちょうどいい塩梅で答えるというのは、想像以上に難しい。
自分では的確なアドバイスをしたつもりでも、上から目線のハラスメントになる可能性はいくらでもあるし、かといって「人それぞれ」でお茶を濁しては何も言っていないに等しい。
誠実に答えようと思えば思うほど身動きが取れなくなる。しかし、「とにかくやるんだよ!」のような暴力的な精神論を振りかざすよりは、黙っている方がマシな気もする。
どんな顔して話を聞いて、何を言えばいいんだろう。本当に難しい。ここは一つ、人生相談に乗っている人たちに、どうやっているのかを聞いてみるのがいいんじゃないか。そこから「他者との一歩踏み込んだコミュニケーション」の作法を見つけることができるかもしれない。
最初にお話を聞いたのは、RHYMESTERの宇多丸さん。音楽活動にラジオDJ、映画評論と多岐にわたる活躍をしながら、実は長年人生相談の連載も担当している。宇多丸さん、人生相談に乗るのって、大変じゃないですか?
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「一刀両断してたらおかしいだろ!」
ー「ライムスター宇多丸のお悩み相談室」は今年で12年目に突入する長期連載ですね。
宇多丸:そんなにやってますか。ズルズルやりすぎてて、いつからやってるか思い出せない(笑)。
ー前身となるRHYMESTERの3人で担当されていた人生相談企画は2004年のスタートですし、もう20年以上やってらっしゃるという。
宇多丸:その後に某大学のフリーペーパーに移ってからは僕一人でやるようになって。今思うと、初期はふざけてましたね。「バッサリ一刀両断!」みたいな。人生相談って、基本的には一刀両断型が求められるというか、人気があるのはそのタイプですよね。
ー確かに、そのイメージがあります。北方謙三の「ソープに行け!」とか、細木数子の「あんた死ぬわよ」とか(笑)。
宇多丸:そうそう、いまだに主流はそっちの人だと思いますよ。ジェーン・スーもどっちかというとそっちかなって気がするし。キャラクターや説得力も含めてズバッと言っていいことになっているし、相談する方もそれを求めている人物。普通はそういう人が人生相談をやるんですよね。

1969年東京都生まれ。89年にヒップホップ・グループ「RHYMESTER」を結成。以来、トップアーティストとして活躍を続けている。また、2007年にTBSラジオで『ライムスター宇多丸のウィークエンドシャッフル』が始まると、09年に「ギャラクシー賞」ラジオ部門DJパーソナリティ賞を受賞。現在、『アフター6ジャンクション2』でメインパーソナリティを務める。映画に造詣が深く、担当ラジオ番組での真摯で丹念な映画評には定評があり、書籍化もされている。『森田芳光全映画』では映画プロデューサー・三沢和子と共に編著を務めた。25年には映画文化の発展に貢献した人に贈られる「淀川長治賞」を受賞。
ー宇多丸さん自身はそうではないという認識ですか。
宇多丸:最初はそういうつもりでやってたんですよ。「乱暴に答えればいいや」くらいの。相談の内容も他愛ないものが多かったから、一刀両断したりはぐらかしたような答えで終わったこともありました。
でも、やっていくうちにそれはあまりよくないなと。特に女性からの相談に答えているわけだから、端的に偉そうじゃないですか。例えば男性上司からセクシャルハラスメントを受けたというような悩みを、男である僕が一刀両断してたらおかしいだろ! という。

ー「女子部JAPAN」での連載になったのが転機だったと(後に「F30 Project」へと移動)。
宇多丸:ある時点から急に変えたというよりは、何年かかけてやりながら変わっていったという感じですね。あんまり考えて書いてるわけじゃないんですけど、同じような相談に対する僕の答え方も時代によって変化してると思いますよ。
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全員立場が違うから、その話を聞く意義がある
ー書籍にも収録されている「子供を産むのが人生の目標ですが、結婚を前提に付き合っている彼との子供を妊娠する可能性は低いことがわかり……」(2020年2月22日)という相談に対する回答は「こればっかりは僕らがあんまりとやかく言うこともできないというか」から始まってるんですよね。人生相談としての切っ先は鈍くなるけど、誠実なスタンスだなと思いました。
宇多丸:当たり前のことですけど、責任取りきれないですから。「ご参考までに」ということでしかない。僕の狭い知見と経験に照らし合わせて聞かれたなりのことは答えるけど、それをどう思うかはあなた次第です、くらいに止める以外にはないですよね。
相談してくれた人が事後報告も送ってくれるようになって、だいたいは「答えてもらってよかったです」と書いてくれてるんだけど、よくよく読んでみるとあんまり回答が解決に影響してない人も半分くらいいて。「その後いろいろありまして、なんやかんやでどうでも良くなりました」みたいな(笑)。当然、人生相談の回答が直接救うわけでもないので。話を聞いて答える人がいるということ自体がなんらかのプラスになったんだろうな、くらいの。

宇多丸:だから、人生相談の名手と言われている人が、本当に名手なのか。読み物として面白いということと、その人生相談が本当にいい結果を出しているかは別ですからね。
ーすごい球速を出しているけど、ストライクを取れているかはわからない、というか。
宇多丸:もちろん、そもそもストライクなんてないのかもしれないし。質問文だけじゃわかることは限られてるから。例えば恋愛相談だと、たいていはパートナーのネガティブなことが書いてあるんです。だからそれだけを読むと「そんなもん別れろよ!」としか思わないんだけど、でも好きで付き合った経緯もあるはずで。「好きならしょうがねえか」とも思うし。事後報告をもらったりして双方向的ではあるんだけど、もちろん限界はあるから、その限界を踏まえた上で物を言うのか、限界がないふりをしてエンタメに徹するのか、ということじゃないですかね。
ー宇多丸さんは限界や立場を明らかにする方で。
宇多丸:特にこの人生相談はそうですよね。女性からの相談に男性という他者として答えているわけだから。違う立場から俯瞰して見るというのは、最初から一貫してるかもしれない。そもそも人生相談っていうのは、そういう「他者」にするものなのかもしれないですね。
ーそうすると、「どういう立場の人が答えているのか」ということが非常に重要になりますね。
宇多丸:それは間違いなくそうだと思います。僕は子供がいないから、「子供がいないことで嫌な目に遭いました」というような悩みにはすごく寄り添うことになる。「もう、ふっざけんなよ!」ってなる。逆に「子供が出来ないから人生お終いです」みたいな考え方には否定的になりがちだし。だから、ひょっとしたら子供を持った途端に「いやー、人生は子供ですよ」とか言い出すかもしれない(笑)。ある立場になるということは、別の立場とは距離が生まれちゃうということでもありますから。子供を持ったら、たぶん子供がいない人の気持ちとはどうしても距離ができる。だからこそ、どんな立場の人にも「自分はこう思う」と話す意味はある、とも言える。
ー社会的に偉い / 偉くないに関わらず。
宇多丸:もちろんそうです。全員違うんだからその話を聞く意義はある、ということかもしれない。
ー「どれだけ成功しているか」みたいなことは、人生相談に答えるにあたっては関係ないと。
宇多丸:まあ、トピックにもよりますけどね。特定の目的に関する相談、例えばビジネスに関することなら、ビジネスで成功してる人に聞いた方がもちろんいいだろうし。だから、「ハラスメントになるかもしれないから、部下からの相談に答えづらい」みたいなことも、聞く側がどれだけ具体的な話をしているのかによると思うんですよ。具体的なやり方、テクニックに関することなら「それだと出来ないね」とか、バッサリ言ってもいいこともあるだろうし。前提が細分化していけばいくほど、当然役に立つ回答に近づいてはゆきますよね。
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「建前」が共有されたのは大きな前進
ー宇多丸さんも、まず相談者が何に悩んでいるのかを解体・分析して並べ直すという作業をしていることが多いように思います。
宇多丸:そうそうそう、けっこう何を相談したいのかわからない文章もあるんですよ。そもそもの問題設定が間違ってることもあるし、身も蓋もないことを言えば別に答えを求めていないこともある。みんな馬鹿じゃないから、合理的な答えは考えればわかるけど、そこにどうしても辿り着けないというような不合理で正解のないところに悩んでいるので、それを聞いてもらうだけでいいというか。実生活で「相談がある」って言われるときもそうじゃないですか。「とにかく聞いてくれ!」という。だから、基本的にはちゃんと「うんうん」と聞いてあげないといけないんですよね。時にはね、僕が質問にイラッとしちゃうことがあるんだけど(笑)。
ーどういう類の相談に対してですか?
宇多丸:なんだろう。(マネージャーさんに向かって)どういうときにイラッとしてます?
マネージャー:恋愛相談に書かれている彼氏に向かって怒っていることはありますね。
宇多丸:それはもちろんある。あと、例えば質問者が「こういう嫌な人がいて」と書いてることに対して「その決めつけはちょっとどうなんだ」と、多少イラッとした言い方をしてるかもしれない。「思い込みかもしれないじゃん」っていう。

ー「このままだと不幸になってしまいます」というような相談に対して、「そうとも言い切れないんじゃないか」と返すこともありますよね。
宇多丸:幸せ不幸せというのはめちゃくちゃ主観的な話だから。でも、そういう相談をする人は「不幸せカタルシス」に突き進んでいる感もあって、「ああ、もうだめだ……」ってなるのが気持ちいい節もあるんだと思うんですよ。特に恋愛に関することは、当事者とそれ以外のテンションに差がありすぎるから。恋愛そのものが不条理なので、それはしょうがないんですけど。
ーこの12年で相談の内容は変化していると感じますか?
宇多丸:うーん、意外と変わっていない気もします。「結婚しないと / 子供を持たないと不幸になると思うんですが」みたいな相談は相変わらず来ますし。
とはいえ、やっぱり「#MeToo」以降の社会の変化を踏まえた話にはなってますよね。それ以前から、会社でのハラスメントに関わるような相談には「それは性差別です、警察案件です」と言ってましたけど、よりそれが社会常識になったというか。「社内にコンプライアンス部はないの?」という話になるようなことが増えましたよね。
ー前提になったというか。
宇多丸:そうですそうです。「日本はこういう社会だからね……」と半ば諦めムードの中で話していたのが、今は「どんな職場であれ差別に対して善処するのが当然」という建前が一応は共有されている。それが本当に解決されているかどうかというのはこれからの話かもしれないけど、建前があるだけでも大きな前進という感じです。
ー解決方法にアクセスしやすくなってますもんね。
宇多丸:会社側がビクビクするようになってますから。だから、コミュニケーションに躊躇するようになったというのは悪いことじゃないんですよ。全然いいことだと思います。みんな躊躇すべき。
ー「当たって砕けろ」「嫌われる覚悟を持て」みたいな姿勢も、暴力的ですし。
宇多丸:それが必要な場合もあるかもしれないですけどね。「めんどくせえ世の中になった」なんていうけど、それは必要なプロセスなので。なぜそのめんどくささが必要になったのかという議論を抜きにしちゃうから難しくなるけど、「そもそもハラスメントはなぜいけないのか」と考えたり勉強したりすれば納得せざるを得ないと思いますよ。
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SNSは動物的な感覚がバグる
ー実際に対面で話すだけではなく、SNSだったり色々なコミュニケーションのレイヤーがあって、そこに一貫性が見出せなくてどうすればいいかわからなくなってる人も多んじゃないかと思うんです。会って話せば穏やかなのに、ネット上では攻撃性がギンギンになっている人もいますし。
宇多丸:なるほど。でも、SNSでギンギンになっちゃうみたいなことは、「人間ってそもそもそういうもん」というのが僕の持論です。例えば、人間誰しも相手によって接し方って変わるわけだから、人によって「自分」の見え方って、全然違うと思うんですよ。場によって性格が変わって見えるのは当たり前。
SNSは特に、そのシステムがそうさせる部分も大きいと思いますね。車に乗ったら人格が変わるというのに近くて、個室にいながら公に接している、というバランスが、自然界にはないものですから。猿から進化してきた僕らの動物的なコミュニケーションの感覚がバグるんでしょうね。

ー宇多丸さんはそれこそ音楽、ラジオ、執筆と様々なレイヤーで表現活動をされてますし、それぞれの現場で環境も違うと思うんですが、一貫して心がけていることはありますか?
宇多丸:その時その時で適切に行動しようとしているだけなので、あんまり考えてないですね。普通に礼儀が疎かにならないように気を付けてます。
ー『アフター6ジャンクション2』(TBSラジオ)を聞いていると、年下と接するときほど丁寧にされている印象があります。
宇多丸:基本的には誰に対しても敬語ですし、その人との距離感によりますね。あんまり「年下だから」という意識はないです。
ー「今の時代、年下に『お前』なんて言っちゃだめですよ」と話している人を見たことがあるんですが、そういう雑な括り方をしてるからめんどくさくなるんじゃないの? と思ったんですよね。
宇多丸:そうですね、やっぱり関係性によるから。でも、本当にどう思っているかはわからないところもあるんで、「仲が良いからいいんだ」とも言い切れないんだけど。それも含めて、一律に「そういうことは言っちゃだめ!」って話でもないし。そういうレベルのことも、もちろんありますよ。「ここでそんな性的な話します?」とか「そんなデリケートなこと聞きます?」とか。
僕の性格上、もともと他人に踏み込もうとしない質(たち)なんで。小さいクラブでわちゃわちゃやってた時から、みんなに敬語でしたからね。むしろ「よそよそしい」って言われてましたよ。すぐに距離を詰めてくるのがセクシーに映る人もいるんだけど、俺はそのキャラじゃないよなと。親にも敬語を使ってますし。