メインコンテンツまでスキップ
NEWS EVENT SPECIAL SERIES
その選曲が、映画をつくる

映画『メイデン』レビュー 此岸と彼岸を越境する音楽

2025.4.18

#MOVIE

此岸と彼岸を、音楽が橋渡しする

2つ目は、本編の始まりと終盤に配置されたとあるポピュラーソングの使用例だ。映画の冒頭で、コルトンとカイルが建設途中の家屋を訪れ、イタズラ放題をして遊んでいる。そこに、小さなカセットデッキが置いてある。再生ボタンを押してみると、カントリーシンガー、ロジャー・ミラーが歌ったスタンダードナンバー“Dear Heart”が流れてくる。その音を背後に地下を覗き込むと、息絶えて間もない黒猫の遺体が見つかる――。

次にこの曲が登場するのは、本編終盤、カイルとホイットニー(のゴースト)二人が森の遊歩を経て同じ工事中の家屋へと出向く場面だ。画面外から手だけが伸び(それが具体的に誰の手なのかはあえてぼやかされている)、件のカセットデッキのボタンを押す。再生されるのは、やはりあの“Dear Heart”である。カイルとホイットニーの二人は、風に吹かれながら静かにその音に聴き入る(聴き入っているように見える)。

愛しい人よ

君がここにいてくれたら

この夜も温まるのに

愛しい人よ あれからもう一年

君が僕の前から 姿を消してから

ひとり暮らしの部屋に ひとり用の食卓

まったく淋しい街だ

だけどもうすぐ 君にキスをする

玄関のドアの前で

愛しい人よ わかっていて

僕は君の腕を離さない

もう二度と

――“Dear Heart”(※日本語版字幕より)

“Dear Heart”は、1964年公開の同名映画のためにヘンリー・マンシーニが書き下ろしたバラードで、アンディ・ウィリアムスやジャック・ジョーンズ、フランク・シナトラをはじめ、数多くの歌手が歌っているスタンダード曲だ。本作で使用されるロジャー・ミラーのバージョンは、数あるパフォーマンスの中でも特に朴訥とした味わいを湛えたもので、カセットテープと簡素なデッキの音質も相まって、なんとも弱々しく、儚げに響いてくる。カイルとホイットニーというゴースト同士の、そして、コルトンとカイルという世界をまたぐ者たちの友情を示唆するような歌詞も、実に感動的だ。

ここでは何よりも、映画の冒頭では人間同士が、後の場面ではゴースト同士がこの曲を共に聴くという構成の見事さにこそ注目したい。此岸の人間は、彼岸の存在とかつてのようにやり取りをすることは当然ながら叶わないが、そのあわいを跨ぐ徴は、そこかしこにあるのだ。カイルが描き残した「MADEN」のグラフィティを眺め、ホイットニーが川べりに残していった日記帳を閲し、思い出の家に再び現れた黒猫と戯れることがこれからも可能なように、コルトンにもカイルも、ホイットニーもロジャー・ミラーの優しい歌声にいつだって耳を傾けることができるのだから。あの“The Final Countdown”を経て旅立ってしまったゴーストたちが既に彼岸に安息を見つけてしまったのだとしても、反面で、ある曲や黒猫たちは、こちらとあちらの間を、永遠に漂い続けている――。

本作『メイデン』の音楽は、此岸と彼岸を越境する働きを持った、つまり「ときに深すぎるほど大胆で、とびきり過敏な超越をあらわす」弱さを湛えた存在として配置されている。そしてまた、そもそも私達の多くにとって音楽とは、はじめからそのようなポテンシャルを秘めた「弱き」存在ではなかったか。特定の音楽が黄昏の風景と結びついたときに発揮するそのような根源的な誘引力は、いかにもフラジャイルな音像をまとったアンビエントだとしても、(一見「強そう」な)ハードロックの名曲だとしても、フォルム上の差異とは無関係に、いくらでも豊かに引き出されうる。音楽を聴きながら、過去に一度でもトワイライトの「まぎれ」に誘われた経験を持つ人ならば、きっと首肯してくれるだろう。

『メイデン』

2025年4月19日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開
監督・脚本:グラハム・フォイ
出演:ジャクソン・スルイター、マルセル・T・ヒメネス、ヘイリー・ネス、カレブ・ブラウ、シエナ・イー
配給:クレプスキュール フィルム
https://maiden.crepuscule-films.com/

記事一覧へ戻る

RECOMMEND

NiEW’S PLAYLIST

編集部がオススメする音楽を随時更新中🆕

時代の機微に反応し、新しい選択肢を提示してくれるアーティストを紹介するプレイリスト「NiEW Best Music」。

有名無名やジャンル、国境を問わず、NiEW編集部がオススメする音楽を随時更新しています。

EVENTS