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ハードロック曲のアカペラが示唆するもの
ここで、改めて同シーンに至るまでの一連の森の中の遊歩を振り返ると、彼ら二人が、出会いの場面から一切会話をかわさずにいたことに気づくはずだ。それまで私達観客は、何よりも双方が全く声を発さないという描写を通じて、彼ら二人ともが既にこの世のものではない「ゴースト」なのかもしれないという推察を行っていたところに、“The Final Countdown”といういかにも世俗的なヒットチューンの「歌」が突然もたらされる、というわけだ。
なんとも不意を突かれるような演出だが、ここでは一体何が成し遂げられているのだろうか。「やはり彼らは死んではいなかった」とでも思わせたかったのだろうか。そんなわけはないだろう。むしろその反対だ。ここでの突然の歌声は、彼らが既に無言のまま黄昏時を通り抜け、いまや完全に「あちら側」へと至ってしまったことを表していると考える方がよほど面白いし、この映画に沿った解釈だと思う。
それまで、一言も言葉をかわさなかった彼らが、「詞」を突然発するこの瞬間に、画面に捉えられている世界もまた、ゴーストたちのみが認識可能な世界の描写へと決定的に転換している――このシーンは、そのことを(ユーモア混じりの)ショッキングな形で宣言しているのだ。つまりは、「人間の」言葉の(ない)世界から「ゴーストの」言葉の(ある)世界への劇的な移行=リアリティラインの劇的なシフトアップが、突然の“The Final Countdown”のアカペラに託されている、ということだ。
そう考えてみれば、彼ら(ゴースト)がイヤホンを通じて聴いているはずのオケのサウンドが私達(此岸の者達)には聴こえない――という演出も、こうした多層的なリアリティラインの配置の効果をより一層強めていると感じるし、ここで歌われる「詞」の内容それ自体にも、異なる世界(へと旅立った彼ら)の存在が示唆されているように思われる。デヴィッド・ボウイの“Space Oddity”に触発されて書かれたという“The Final Countdown”のこの歌詞が、彼らの「此岸からのお別れ」と重ね合わせられているのは明白だろう。
一緒に旅立とう
――“The Final Countdown”(※日本語版字幕より)
でもやっぱりお別れなんだ
いつか戻るかもしれない
わからないけど 地球に
地上から旅立つ
地上から
変わらないものなんてないだろ?
これが最後のカウントダウン