INDEX
サウンドスケープの思想を感じさせる音楽使用
音楽の使い方も、気鋭作家によるインディーズフィルムらしいみずみずしさと大胆さに貫かれている。静謐な画面との見事な調和を見せるメインモチーフとして、現代音楽とポピュラー音楽を横断する個性的な音楽家ジョン・ハッセルの2009年作『Last Night the Moon Came Dropping Its Clothes in the Street』から表題曲をピックアップするところからして、既にただならぬものを感じさせる。シンセサイザーと変調されたトランペットの響きが、作品全体の基調的なトーンを巧みに下支えしているのがわかるだろう。本編を通じて、環境音と音楽の境界が曖昧になっていくような聴覚・視覚体験が味わえるが、これはまさに、制作サイドがアンビエントやサウンドスケープの思想に相当自覚的であった証拠だと思われる(※)。
※エンドタイトルで使用される楽曲“God’s Chorus of Crickets”も、まるで変調された聖歌のような響きを持ったアンビエント風のトラックだが、実際には、音楽家のジム・ウィルソンがコオロギの鳴き声を収録し、その音源を極端にスローダウンしたものだ(とされている)。一見無秩序に感じられる自然現象の中に、超越的なハーモニーの存在を垣間見せるかのような本トラックの響きは、人間と非人間的存在、人工と自然という二項対立をじっくり溶かしていく本作の筆致と、見事なまでに合致している。
他にも、タッカーが大音量でカーステレオから流すEDM曲(Metrik“AUTOMATA”)や、コルトンがヘッドホンで聴くハードコアパンク(Jailpocket“Cardboard Cockring”)、コルトンのヒップな友人たちが聴くUSインディー系の楽曲(Tonstartssbandht“Breathe”)等、各登場人物のキャラクターに合わせたマニアックなトラックも効果を発揮しているが、やはり特筆すべきは、トワイライトな「弱さ」や「まぎれ」「あわい」「此岸と彼岸」というモチーフと共鳴する2つの曲だろう。
1つ目は、カイルとホイットニーの二人が、森の中でイヤホンを分け合って音楽を聴くシーンだ。ホイットニーが別の場面でメタリカのTシャツを着ていることからも察されるように、どうやら彼女はハードロック〜ヘヴィメタル系バンドのファンらしく、このシーンでも、スウェーデンのハードロックバンド=EUROPEの代表曲“The Final Countdown”を再生する。静けさに覆われた映画の中で、この選曲はやや場違いの感を抱かせもするが、注目しなくてはならないのは、1つのイヤホンで二人が曲を聴きながら歌詞を口ずさんでいるという設定ゆえ、観客にオケそのものは聴こえず、結果的に彼らのアカペラが画面内に響くのみ――という図式である。