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劇伴の巨匠が苦心した、音楽の「テンポ」
本作の音楽使用においてそうした部分以上に注目すべきは、音楽と映像がより美学的、根源的な次元でも見事な相互効果を生んでいるという点だろう。疾走するマシンと、そのマシンが切り裂くめくるめく風景の移り変わりと音楽の調和ぶりこそが、この映画を貫く「リズム」を形作っているのだ。その意味で、上記楽曲にもまして印象的な役割を担っているのが、ハンス・ジマーによるスコアだ。

ジマーは、これまで『トップガン マーヴェリック』等でもコシンスキーと見事な共同作業を行ってきた現代の巨匠だが、ここでも、エレクトロニクスとオーケストラをふんだんに用いて、機械的な律動感と人間的なダイナミクスが融合した見事なサウンドを作り出している。プロダクションノートに掲載されたジマーの発言を引用しよう。
「私は、オーケストラが“人間”で、エレクトロニクスが“機械”だと考えていました」
「レーシングカーには人間が乗っています。だから音楽でも、それを再現したかった。ルイス(・ハミルトン)(*)と実際に会話を重ね、あのマシンの中にいるときの感覚を聞いたことが、オーケストラの音や旋律の書き方、音楽に込めた優雅さ、美しさ、そして力強さに大きく影響しています」
*劇中にカメオ出演し、本作の製作にも名を連ねる実在のトップドライバー。本作には、彼の他にも多くのドライバーやクルー等が本人役で姿を見せている。

彼がそう述べる通り、随所で聴かれるビート感の際立ったトラックは、一方では電子音による機械的な印象を、他方では壮麗なオーケストレーションによる人間的な感覚を併せ持っている。硬質な金属と弾性を湛えた肉体のぶつかり合いを想起させるそのサウンドは、まさに自動車を高速で駆る時の、畏怖と興奮の入り混じった感覚を呼び起こす。彼はこうも言う。
「映像と同調する音楽のテンポを考えるのに、延々と時間を費やしました」
「テンポが早すぎると映像が遅く見える。逆に遅すぎるとズレてしまう。だから映画全体に合うテンポを探し出しました。しかも、この映画はどのシーンもテンポを落とさないんです。セリフの場面ですら。ずっと脈打つような感覚が続いているんです」
「セリフの場面ですら」というジマーの指摘のわかりやい例は、映画前半にソニーがエイペックスの社屋を訪れ、チームのメンバーと皮肉交じりの応酬を行うシーンに確認できる。通常の会話のシーンでは考えられない頻度でカットバックが行われ、特有のリズムを生み出しているのがわかるだろう。この「リズム」を他場面でも持続し、いかにして観客の身体感覚へと敷衍し劇中を貫く律動へと引きずり込むかという課題は、上に語られる通り、何よりもジマーの見事な作曲によって達成されていると感じる。

ジマーのスコアは、基本的な拍節構造としてはいわゆる「Four on the floor」=4つ打ち形式で展開していくのだが、そのシンプルなビートが、マシンのエンジンのサイクルやシフト操作のサウンド、さらには編集のリズムとジャストな同期感覚を導き出し、さらに別の場面では、シンコペーションやポリリズミックな構造をも形作っていく。その上で、電子音とストリングスを交えたアレンジが場面場面で見事な演出効果を発揮し、ハーモニーやダイナミクスの推移によって、登場人物の感情や情勢の変化をも引導していく。エレクトロニックミュージックとフィルムミュージックの両方を知り尽くした彼一流の仕事を、随所で味わうことができる格好だ。