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1曲だけ使用された、1974年のスペイン発ポップソング
たった一曲のみだが、ポップソングも使われている。これはおそらく、自身の嗜好を理由にポップソングを冷遇しているということではなく、この長大なドラマにあってただ一曲のみが選ばれているという事実をもって、むしろ同曲自体(とそれが流れるシークエンス)へとスポットライトを当てようとするベロッキオ自身の意図を嗅ぎ取るべきだろう。
そのシーンは、第一幕の終盤に訪れる。モーロ誘拐の報を受けて「赤い旅団」のシンパ達が歓喜の声を上げる様子、サイレンの鳴り響く中で子どもたちが親に付き添われて足早に学校を後にする様、内務大臣コッシーガが驚きと苦悩に苛まれる様、エレオノーラが事件現場上空に集まるヘリコプターを不安げに眺める様、そして、小さな木箱に押し込められ今まさに「赤い旅団」のアジトへと運ばれつつあるモーロの表情がゆっくりとしたリズムでモンタージュされる中、やや場違いの感を漂わせながら、スペインのポップシンガー、ジャネットが歌ったヒットソング“Porque te vas”(1974年)が流れ続けるのだ。
“Porque te vas”(邦訳すれば「あなたが去ってしまうから」)は、ユーロポップの愛好家にはそれなりに認知されている曲だろうが、映画ファンにとっては、何よりもまずカルロス・サウラの『カラスの飼育』(1976年)の中で印象的に使用されていることで耳馴染みがあるはずだ。そもそも同曲は、1974年の発表直後にはほとんど話題にならず、当然スペイン国外でも広く知られる存在ではなかった。しかし、サウラが傑作『カラスの飼育』で使用したことで一気に人気に火がつき、広くヨーロッパ各地でヒットを記録したのだ。つまり、ヨーロッパの観客にとってこの曲は、1970年代半ばから後半にかけての集合的な記憶と深く結びついている存在といえる。
『カラスの飼育』の中で、両親を亡くし叔母と暮らす主人公の少女アナのお気に入りの曲として複数回劇中に登場するこの曲は、タイトルの通り、不安とともに別れと行く末を思案するような歌詞となっており、アナら登場人物の心理描写とも重なり合いながら、優れて演出的な使われ方をしている。
また、同曲は当時のスペインの内政と関連付けられて語られることも多い。1970年代半ばのスペインは、内戦期以降のフランコによる独裁政権が彼の死によって崩壊し、民主的な政体へと移行していく雪解けの時代だった。この曲は、まさしくそうした変化の時代における過去との別れと、希望と不安に揺れるスペイン社会の姿を映し出している、というのだ。

そう考えれば、本作『夜の外側 イタリアを震撼させた55日間』におけるやや唐突な“Porque te vas”の使用にも、同時代的かつ批評的な意味合いが込められていると考えるのが自然だろう。様々な人々の視点を横断するモンタージュに重なる形で、悲しげな色彩ながらどこか凛乎としたピュアさを湛えた“Porque te vas”が流れるとき、私達はそこに、「鉛の時代」に蠢いていた深い憂愁と危機感、更には政治青年たちがやみくもに追い求めていた未来の光がいびつに交差する様子を目撃することになるのである。