INDEX
正義と自由の相克と、「自分の冒険」
ロックという「サウンド」が誕生した瞬間の爆発のこだまは、(そうと気づく者と気づかない者がいるだけで)今も私達の周囲を取り囲んでいる。ディランは、数年後の1968年以降にやってくる文化的な爆発を、ほとんどたった一人で予告し、体現していた。彼は「ボブ・ディラン」という自己像を繰り返し刷新し、浮動するアイデンティティとして自らを物語るパフォーマティブな行為を通じて、その預言を垂れた。伝統と革新、公正と自由、理知と肉体、社会と個人の対立と止揚。それらは、1965年のディランが依代となって、後の社会に向けて緊張関係を保ったまま受け継がれていった。そう意識してみれば、今もなお、それら張り詰めたまだらの模様が、あらゆる場所で蠢いていることに気づくだろう。

思えば、ジェームズ・マンゴールドという映画作家は、そうした蠢きを、数々の過去作を通じて最も自覚的な形で写し取ってきた一人である。大衆社会におけるヒーローの成功と疎外。アメリカンジャスティスとアメリカンフリーダムの相克。彼にとって、「ボブ・ディランの1960年代」こそは、今なお語り継がれるべき現代アメリカの普遍的な物語を、最も感動的な形で具象化できる素材だったのだろう。マンゴールドもまた、「ディランはどういう存在であるか」を問う行為を通じて、「自分の冒険」を語っているのである。当然ながら、マンゴールドの描き出した冒険は、アメリカンジャスティスとアメリカンフリーダムの影響から様々な意味で逃れ難い世界に生きている私達日本の観客に対しても、「自分の冒険」へと繰り出すことを強く促してやまない。
『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』

2025年2月28日(金)より全国公開
監督:ジェームズ・マンゴールド
脚本:ジェームズ・マンゴールド、ジェイ・コックス
出演:ティモシー・シャラメ、エドワード・ノートン、エル・ファニング、モニカ・バルバロほか
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
©2025 Searchlight Pictures. All Rights Reserved.
https://www.searchlightpictures.jp/movies/acompleteunknown