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映画『ランニング・マン』の音楽が突きつける、今日のメディア環境への警句

2026.1.28

#MOVIE

時代錯誤的な選曲に込められたメッセージとは

音楽の話に戻ろう。素直に考えれば、上に述べたような「カセットフューチャリズム」的なスラムの中を走り抜けるベンの姿に付随すべき音楽は、先に具体例を挙げたような主に1970年代に生まれたポップソングではなくて、むしろ、1980年代の最新(と当時目されていた)テクノロジーを直接的に想起させるシンセポップの類や、(ニコラス・ウィンディング・レフンが傑作『ドライヴ』で野心的な使い方をしてみせたような)新録のシンセウェイブもの、あるいはシュワルツェネッガー版『バトルランナー』で珍妙な効果を挙げていたようなエレクトロ調のスコアをあてがうのが適当に思える。おそらく私が感じたチグハグ感の正体とは、このきわめて「カセットフューチャリズム」的な画に対してそうした楽曲が使われていないことへの、美学上の違和感だったのだと思われる。

シンセサイザーが印象的な『バトルランナー』(1987年)のサウンドトラックは、『ビバリーヒルズ・コップ』『トップガン』などの音楽でも知られるハロルド・フォルターメイヤーが手がけている。

繰り返すように、それでもなおライト監督は、1970年代の、言い換えるならば、デジタルテクノロジーが音楽制作の過程に本格的に導入される前の――さらに言い換えるならば、人間の身体を介した生楽器の演奏が圧倒的に支配的だった時代の楽曲を数多く使っているのだ。これは主に、(今までの過去作品での選曲に照らせば)監督自身の音楽嗜好によるところが大きいように思いつつも、それ以上に私としては、ある本質的なメッセージが託されているように思えてならないのだ。そのメッセージとは一体何なのか。

私はここに、現代のメディア / テクノロジー企業文化、さらにはそれらの私企業が率先して作り上げてきたメディア生態系への痛烈な不信任の叫びを聴き取らないではいられない。ベンは、映画の中でいみじくも描かれている通り、いわばその不信任の声 / 抵抗の声に火を付ける着火装置である。彼は、肉体を躍動させ、地を走り、自らの声を挙げ、人々に交わり、妻と子を愛し、支配者たるメディア企業の存在を打ち破ろうとする。だからこそ、そこで鳴っている音楽は、いかにアナクロニズムのレッテルを貼られる危険を犯そうとも、人びとがデジタルテクノロジーによって自らの身体感覚と倫理を変質させられるより前に生まれ、あの時代のストリートに鳴り響いていた(と想像される)いにしえのロックであり、ファンクでなければならないのだ。

「そういう自分を指してラッダイト(※)と笑うならば笑うがいい。笑っているうちに、私たちの感情はメディア企業によって馴致し尽くされ、末には自らの肉体までもが奪取されてしまうだろう」――古典映画のマニアであることを隠さないライト監督は、多重に時代錯誤的な選曲を通じて、まさにそのような警句を発しようとしているのではないか。

※編注:19世紀初頭、産業革命による失業に反発し、機械の打ち壊し運動を行った労働者たち。転じて、新しい技術に抵抗する人たちを指す。

視聴率のためにはどんな非道も厭わない「ランニング・マン」プロデューサーのダン・キリアン(ジョシュ・ブローリン) / ©2025 Paramount Pictures. All Rights Reserved.
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