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久石譲初のハリウッド作『ビューティフル・ジャーニー ふたりの時空旅行』を読み解く

2025.12.18

#MOVIE

ミニマル的なスコアが逆説的に生み出す情感

けれどもその一方で、映画全体として鑑賞してみた時、なにやら心地の良い情動(としかいいようのない何か)の流れ=運動が存在すること、さらには、その流れ=運動に身を委ねる快さがあることもまた、否定できないところなのである。私が考えるところでは、そうした役目を(本来期待される以上の責任をもって)担っているのが、他でもない久石譲のスコアなのではないかと思う。

本作における久石のスコアは、スタジオジブリ作品や様々な邦画における、いかにも情緒豊かな彼の作風に慣れ親しんでいる我々の感覚からすると、やや静的で、冷温的なものに感じられるかもしれない。本作の音楽からは、しばしば「東洋的」と評されがちなスケール〜メロディーの個性はそれほどまで目立っては聴かれないし、オスティナート(編注:あるフレーズを繰り返し反復させること)を多用した構成もまた、一見したところでは、なにがしかの強い感情を想起させることを避けるように立ち回っているようにも感じられる。つまり、ここで聴かれる音楽は、スタジオジブリ作品に顕著に現れていたような「キャッチー」さからやや距離を置いたもの―――むしろ、久石のキャリアにおける重要な軸の一つ=ミニマルミュージックと、それらに続くポストミニマリズムの諸実践に直接的に連なるものだろう。仮に久石の膨大なディスコグラフィーの中に位置づけるとすれば、初期のオリジナル作品や、一部の北野武監督作における反復的なスコア、そして、2009年以来展開されている現代曲集『Minima_Rhythm』シリーズの流れを継ぐものだといえるのではないだろうか。

だとすれば、実際にこれらの音楽を画面が得た際にも、同じように、静的で、微温的な印象のみが立ち現れるのであろうか。決してそうなっていないし、それどころか、画面の裏側に隠されていた感情が、音楽が流れ出るのにあわせてにわかに動き出すのを感じないわけにはいかない。悲しいとも、嬉しいとも、暗いとも、明るいとも言い切れない感情の機微が、画面の彼方に畳み込まれた微細な表情とともに、静かに、だが忽然と立ち現れる。小編成のアンサンブルから紡ぎ出されるシンプルでいて儚げなメロディー、素朴ながらも美麗なハーモニーが、微妙な変化を交えながら反復することで、主人公二人の、および彼らを見つめる私たち観客の情動を、巧みに導いていくのだ。

ここには、細やかなフレーズの反復と変化の連続が音のモアレを描き出し、果てはそれ特有の肌理を作り出していくというミニマルミュージックの根源的機能との深い連関も垣間見える。久石の音楽は、そのモアレの模様の鮮やかさ、肌触りによって、私たちの感情の奥深くに触れようとするのだ。そして映画は、このような力を秘めた久石の音楽と出会った時、ようやく本格的な(感情の)運動を開始するのである。

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