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今こそ聴きたいブルース・スプリングスティーン、伝記映画から読み解く『ネブラスカ』

2025.11.14

#MOVIE

映画は『ネブラスカ』制作の様子を細やかに描く

『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』は、この『ネブラスカ』制作前後のブルース・スプリングスティーンを題材とした伝記映画だ。かねてより『ネブラスカ』に大きなインスピレーションを受けてきたスコット・クーパーが監督を務め、実力派のジェレミー・アレン・ホワイトがブルース役に抜擢された本作は、ブルースと彼の長年のマネージャー / プロデューサーであり親友のジョン・ランダウが制作に全面協力していることからもわかるように、まさしくブルース自身があの時代に辿ったであろう道のりを追体験できる優れた内容となっている。その構成からディティールに至るまでごく丁寧な作り込みがなされているのはもちろんのこと、ホワイト自身による各曲のパフォーマンスの「ブルースらしさ」も、長年のファンである私でさえ感服してしまうものだ。

冒頭を飾る“Born To Run”のライブ演奏をはじめ、『ネブラスカ』の制作と同時期に進行していた“Born In The U.S.A.”の録音シーンなど、ロック映画の常道に沿ったエネルギッシュなパフォーマンスシーンも散りばめられており、ファンならずとも大いに楽しめるだろう。その一方で、『ネブラスカ』という特異な作品を題材としていることからも察される通り、映画全体のトーンは、断じて明るくもポップでもない。全編を通じて重く、やるせなく、沈み込むような空気が充満しており、アルバム『ネブラスカ』のサウンドそれ自体と共鳴するようなものとなっている。

まさしく、本作の一番の見所も、『ネブラスカ』というアルバムが、ブルース自身にも明確に捉えることのできない不思議な力を纏っていく様を見事に描き出している点にあるといえるだろう。その「不思議な力」は、まさに「ムード」と呼ぶ他ないような曖昧模糊としたもので、ブルース本人をはじめ、先述のジョン・ランダウ(ジェレミー・ストロング)や共同プロデューサーのチャック・プロトキン(マーク・マロン)らも、それを捕まえることの難しさに当惑する他ない。

映画内でも詳しく描かれているように、ブルースがデモテープの録音で使用したのは、ごく簡素な機材だった。このレコーダー=TEAC 144は、(たった4トラックといえども)マルチトラック録音の技術をプロフェッショナルの音楽制作の現場から解放し、個人で楽しめるものにした革新的な製品だった。しかしながら、あくまで個人向けの民生機としての性格が強く、同機で制作した音源をそのままメジャーレーベル発のレコードのマスターとして使用するなど、全くもって横紙破りの行為だった。

更に、ブルースの寝室で即席のエンジニアを務めたのが、彼の長年の友人兼ギターテクニシャンのマイク・バトランであったという事実も、映画の中ではきちんと描かれている。当然ながら彼は録音の専門家ではなく、テープスピードを誤って設定するなど、様々な操作がにわか仕込みで行われた(伝記本などによると、ヘッドのクリーニングも行っていなかったらしい)。その上、ミックス用のモニターも安価なものだった。同じく映画内で触れられている通り、彼らは一度浸水したパナソニック製の大型ラジカセでミックスを行った。もちろん、記録用のメディアも、プロ用のメディアではなく、ブルースが近所のドラッグストアで買ってきた安価なコンパクトカセットだった。

だが――いや、「だから」というべきか、そのデモテープのサウンドには「何か」が宿っていた。エコープレックスを介した深い残響の向こう側からおぼろげな表情とともに立ち現れる「何か」は、当時世界一の技術を誇る録音スタジオで行われたセッションでは、すっかり消え去ってしまった。彼らはデモテープを元になんとか市販に耐える音源を作り出そうとするが、うまくいかない。最終的にはアトランティックスタジオでのマスタリング作業を経て、ようやくブルースの目指す音が完成した。

ブルース・スプリングスティーンを演じたジェレミー・アレン・ホワイト。歌唱も本人が手がけている / ©2025 20th Century Studios
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