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その選曲が、映画をつくる

『美と殺戮のすべて』写真家ナン・ゴールディンの半生に迫るドキュメンタリーの音楽

2024.3.21

#MOVIE

ナン・ゴールディンを取り巻くカルチャーと音楽

本作は、アクティヴィストとしてのナン・ゴールディンの現在の姿を活写する一方で、少女期に体験した姉バーバラ・ホリー・ゴールディンの自殺という忘れがたいトラウマを起点に、波乱に満ちた彼女の歩みも追っていく。類稀なフォトグラファーであるゴールディンが、いかにしてその活動を開始し、どういった交友関係の中で芸術的なアイデンティーを獲得していったのかが、1970年代〜1980年代当時のアーカイヴ映像や彼女自身によるスライドショーを交えながら映し出されていく。ボストンからニューヨークへと拠点を移していく中で、ドラァグクイーン、ゲイカルチャー、ドラッグカルチャー、パンク〜ノーウェイヴシーンなど、彼女を取り囲む「拡大家族」とともに過ごした同時代のコミュニティとその活況が貴重な証言 / 映像とともに綴られており、当時のアメリカ東海岸のアンダーグラウンド文化に少しでも興味のある観客なら心を奪われるのは必至だろう。盟友たる写真家デヴィッド・アームストロングとの出会いにはじまり、ジョン・ウォーターズ映画への出演でも知られる女優 / 作家のクッキー・ミューラー、更には、ノーウェイヴ映画作家のヴィヴィアン・ディックやベット・ゴードンなど、次々に紹介されるゴールディンの友人たちおよびその作品は、1970年代から1980年代にかけての新たなアンダーグラウンドカルチャーの担い手として、特に重要な存在ばかりである。

ナン・ゴールディン

映画におけるポップミュージックの印象的使用にフォーカスしてきた本連載の視点からは、そうした新鋭アートシーンに渦巻くエネルギーへ迫った一連の流れにまずは興味をそそられる。

映画中盤までに流される主な楽曲は、以下の通りだ。クラウス・ノミ“The Cold Song”、The Velvet Underground & Nico“All Tomorrow’s Parties”、“Sunday Morning”、Suicide“Cheree”、シャルル・アズナブール“What Makes A Man”、ディヴァイン“Female Trouble”、The Marvelettes“The Hunter Gets Captured By the Game”、Bush Tetras“You Can’t be Funky”、リジー・メルシエ・デクルー“Fire”、ジャニス・マリー・ジョンソン“Boogie Oogie Oogie”、スクリーミン・ジェイ・ホーキンス“I Put a Spell On You”、The Sugarhill Gang“8th Wonder”他。

当時のニューヨーク地下シーンに生まれたパンク〜ノーウェイヴ系から、現地のディスコを賑わせていた曲、さらには時代を遡った往年の曲まで、なかなか幅広い選曲となっている。これらは、ゴールディンがキャリアを本格始動した時代を取り巻く一つのサウンドトラックとして優れているのはもちろんだが、フィメールパンクバンドの Bush Tetras やリジー・メルシエ・デクルーを筆頭として、クラウス・ノミ、ディヴァインまで、明確にフェミニズムやゲイ、クィアカルチャーを体現する曲が織り交ぜられているという点において、ゴールディン自身の写真とも見事な共鳴を示している。彼女自身が本作の音楽コンサルタントを務めているという事実を知れば、その強い関連性にも得心のいくところだ。加えて、本編でも触れられている通り、当初彼女の写真のスライドショーは、自身が選曲した音楽とともに上映されることが多かったのだという。ベルトルト・ブレヒトの『三文オペラ』に刺激を受けて制作されたという彼女の作品集『The Ballad of Sexual Dependency(性的依存のバラード)』が、当初、The Velvet Undergroundやシャルル・アズナブール、スクリーミン・ジェイ・ホーキンス、ジェームス・ブラウン、ニーナ・シモンらの楽曲とともに上映されたという事実に鑑みれば、まさしく、ここでの選曲もそうした使用例を踏襲したものだといえそうだ。

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