トーマス・ハーディマン監督の長編デビュー作『メドゥーサ デラックス』。『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』や『ミッドサマー』などを世に送り出した配給会社A24が、北米での配給権を獲得した、話題のミステリー映画だ。
音楽ディレクター / 評論家の柴崎祐二は、本作はその音楽のみならず、映像技法や精神にもディスコカルチャーへのオマージュが見てとれると指摘する。
張り詰めたクライムサスペンスとディスコの関係とは。連載「その選曲が、映画をつくる」、第7回。
※本記事には映画本編の内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承下さい。
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ほぼ全編がワンショットで撮影された謎解きミステリー
イギリス北西部のとある街。年に一度開催されるヘアデザインコンテストの会場で、一人のスター美容師モスカが遺体となって発見された。担当のモデルが部屋を離れたわずかの隙に、何者かによって惨殺されたのだ。しかも、奇妙なことにその遺体からは頭皮が切り取られていて……。
本作『メドゥーサ デラックス』は、この衝撃的事件を巡って展開する謎解きミステリーである。ライバルのヘアデザイナー達、モデル達、コンテストの主催者、謎めいた警備員……。登場人物それぞれが疑惑に満ちた容疑者たちであり、モスカの死と何らかの関係を匂わせている。物語が進むに連れて浮かび上がってくる複雑な人間関係と、意外な事実。様々な視点が錯綜し、お互いに浴びせかけられる疑いの目。迷宮ミステリー / サスペンスの伝統を受け継ぐように、手に汗を握る展開を繰り広げていく。
映像面における挑戦にもぜひ注目したい。ほぼ全編がワンショット長回しで構成されており、各登場人物をリアルタイムで追いかけながらロケーションの中を動き回るカメラは、まるで現場に居合わせているような緊張感 / 臨場感を味わわせてくれる。
『女王陛下のお気に入り』(2018年)をはじめ、『マリッジ・ストーリー』(2019年)、『カモン カモン』(2021年)といった傑作を手掛けてきた撮影監督ロビー・ライアンによる綿密かつ大胆なカメラワークは、昨今再び流行中の(疑似的なものもふくめた)「ワンショット」ものの中にあっても、出色の仕事といえるだろう。
また、舞台設定の通り、ヘアデザインの鮮烈さにも目を奪われる。最も独創的なヘアスタイリストの一人として知られるユージン・スレイマンが手掛けるそれは、この映画のヴィジュアルを他に類のない個性的なものにしている。
これらの特異なプロダクションをまとめ上げた監督・脚本のトーマス・ハーディマンの才能も称賛されるべきだろう。映画やテレビ業界でキャリアを積み、本作で長編デビューを飾った期待の新人監督だ。
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少数ながら効果的な、既存のポップソング使用
音楽も素晴らしい。オリジナルスコアを担当するのは、FKA twigs等との仕事でも知られるウェールズ出身のプロデューサー、Korelessだ。
パーカッションや電子音を環境音と巧みに交錯させていくそのトラックは、抑制的な前半からクライマックスへ向けて徐々にダイナミズムを増していくことで、強いリアルタイム性と流動性を発揮する。
そして、既存のポップソングも、(かなり限定的な数とはいえ)特異な効果を挙げている。まず観客が耳にすることになるのが、コンテストの主催者レネのスマートフォンから流れる着信音=Pet Shop Boysの“West End Girls”(1985年)だ。この曲は、かつて監督のハーディマンが美容師である母の元へ車で向かう際に聴いていた思い出の曲なのだという。
映画がクライマックスを迎える中で流されるいくつかの既存曲も大変効果的だ。まず、プロット上においてもっとも重要と思われる終盤の「時間移動」のシークエンスに流されるのが、ガラージ・クラシックとしても知られるゴスペル・ディスコの名曲=ジョバート・シンガーズの“Stand On The Word”(1985年)だ。
モスカの恋人アンヘルが悲嘆に暮れながら会場に戻っていくそのシークエンスにおいて、一瞬の静寂の後に流される同曲。ここで観客は、知らず知らずのうちに(ワンショットの持続効果に気を取られているうちに)物語の時間軸が大きくズラされていることに気がつくだろう。あの無惨な事件が起こらなかったパラレルワールド? あるいは……? ピアノが主導するイントロに続いて四つ打ちのビートとコーラスが現れると、見事なまでに映画の雰囲気が刷新される。ここでの音楽の使い方は、あまりに鮮やかで、野心的だ。
この曲にはもう一つの仕掛けが施されている。最初は画面外で鳴る劇伴音楽=アンダースコアであるかのように流される同曲だが、場面が進んでいくにつれて私達観客は、コンテストに参加した一人の美容師が自らのステージの演出のために用意したものだったと気付くのだ(つまり、映画の中で「実際に」鳴らされている音楽=ソースミュージックだとにわかに気付かされることになる)。
その後映画は、ある人物の告白を経てラストへとなだれ込み、そのままエンドクレジットへ繋がっていく……と、ここでもディスコの名曲=米マイアミのソウルシンガー、ジョージ・マックレーが1974年に放った大ヒットソング“Rock Your Baby”が流れる。馴染みあるリズムボックスの音に耳を傾け映画の余韻に浸っていると、しかし突如として次の曲=同じジョージ・マックレーによるややマニアックなシングル曲“Don’t You Feel My Love”(1979年)がカットインミックスされるのだ(ディスコエディットされたリミックス版であるというのにも注目)。そして、再び画面が明るくなり、まるでミュージカルのラストシーンのような、(ラメをあしらった1970年代風のコスチュームに身を包んだ)演者全員が揃った上でのダンス饗宴が繰り広げられるのだ。
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本作にディスコミュージックが使用される「必然性」
ここまで書いてくれば既にお分かりのように、本作『メドゥーサ デラックス』は、ダンスミュージック、とくにディスコに多大な影響を受け、同時に並々ならぬオマージュを捧げている作品である。
一聴すると控えめなKorelessのスコアの端々にもディスコ / ハウス的な要素が滲んでいるし、既存曲の選曲はド直球でディスコ路線だ。これにはもちろんハーディマン監督の嗜好が大きく関係しているようだが、一方で、ただ「好きだから使った」という以上の必然性を感じさせてくれるのも重要なポイントだろう。
一つには、映画自体のリズムや構造に見られるディスコ性を挙げられる。先の「時間移動」のパートにも現れていた通り、ある意味で、本作の映像の流れ自体が、ディスコミックス的なシームレス感覚を伴っていたのだった。次々と画変わりしていくワンカット撮影による流れるような感覚は、様々な楽曲を巧みにリアルタイムミックスしていくディスコDJの手法とのアナロジーを強く感じさせるし、ここぞという局面で駆使される(観客にそうとは明示しない)カットの繋ぎの巧みな編集に触れると、まさしく、DJ的な意味での「見事なミックス」が効いている、と評したくなってしまうのだった。ムードの持続、融合、刷新。散見される映像技法それ自体が、すぐれてダンスミュージック的であり、ディスコミュージック的なのだ。
もう一つ、文化的な側面におけるディスコ〜ハウスカルチャーとの関連も指摘できる。それは主に、ゲイ、クイアカルチャーとの繋がりだ。黎明期の時点から、アンダーグラウンドのディスコ文化とゲイカルチャー / マイノリティ文化は互いに不可分のものとして発展してきたし、特に本作の舞台であるイギリスにおいては、大衆を巻き込むサブカルチャーとしてのダンスミュージック文化とも大規模な合流をみせてきた。そう考えれば、本作『メドゥーサ デラックス』の登場人物たちが、ゲイや有色人種、女性といったマイノリティや労働者階級の人々に占められているという事実にも、本作が、多様なアイデンティティを持つ人々が活躍する現代のヘアメイク / ファッション業界を舞台にしているから、という以上のものを読み取るべきだろう。