漫画家オカヤイヅミさんが、ゲストを自宅に招いて飲み語らう連載「うちで飲みませんか?」。第13回は、『じゃあ、あんたが作ってみろよ』の谷口菜津子さん、『ひらやすみ』の真造圭伍さんにお越しいただきました。
ともにドラマ化された作品が大きな話題となった漫画家お二人は、今年で結婚7年のご夫婦でもあります。ドラマを楽しみに見ていたというオカヤさんを交えた、いつもより少し長めの、漫画家3人によるほろ酔い鼎談の模様をお楽しみください。
当日振る舞われた「ラムクミン芋煮」のレシピもお見逃しなく!(レシピは記事の最後にあります)
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お互いに忙しい漫画家夫婦の暮らし
谷口:お邪魔します。オカヤさんのごはんに備えて、今日はお昼を少なめにしてきました。
オカヤ:ようこそ。めちゃめちゃお忙しいんじゃないですか?
谷口:ドラマがはじまるタイミングはそんなに忙しくなかったんですけど、ドラマが素晴らしい出来だったおかげで、半ばぐらいからものすごく仕事が来るようになって……それで仕事をお断りしなきゃいけないのがすごくつらいです。あと、「今まで私の良さに気づいてくれてなかったの!?」みたいな気持ちにも少しなりましたね(笑)。

漫画家。神奈川県出身。『教室の片隅で青春がはじまる』(KADOKAWA)、『今夜すきやきだよ』(新潮社)で第26回手塚治虫文化賞新生賞受賞。現在、comicタントにて『じゃあ、あんたが作ってみろよ』、webアクションにて『まめとむぎ』連載中。その他の著作に『ふきよせレジデンス』(KADOKAWA)、『人生山あり谷口』(リイド社)など。
真造:忙しそうだよね。最近「○○しなきゃ」が口癖だもんね。毎日5〜6回は聞く。

漫画家。石川県出身。週刊ビッグコミックスピリッツに投稿ののち、大学3年時にデビュー。『ぼくらのフンカ祭』(小学館)で第16回文化庁メディア芸術祭マンガ部門新人賞受賞。現在、週刊ビッグコミックスピリッツにて『ひらやすみ』連載中。その他の著作に、2016年に実写映画化された『森山中教習所』、『トーキョーエイリアンブラザーズ』(小学館)、『ノラと雑草』(講談社)など。
谷口:それはね、真造さんへの「わたし暇じゃないんですよ」というアピールだったりもする。真造さんも忙しくて辛そうにしてるから、私に家事を押し付けられたら困ると思ってアピールしてるところがある。
真造:逆もあるよね。本棚とかが散らかりすぎてて、俺が整理整頓しだして、わざと呼吸を荒くして。
オカヤ:片付けるの大変だなーというアピール?
真造:そうそう。でも谷口さんは1日の終わりでもう何もしたくない、みたいになってたり。
谷口:お互い忙しい同士になると、そうやって喧嘩するよね。心が狭くなって。
オカヤ:仕事場は別なんですか?
谷口:同じ家の中だけど、違う部屋でそれぞれ描いてて、家事は分担してやってるから、忙しいと家事がお互いにままならなくなって。
真造:なんかね、遠くから「ワーーー!!」とか言ってる声が聞こえるんですよ。
オカヤ:どうしたんですか(笑)。
谷口:今日は、サイン本を作るのを忘れて、自分に絶望したんです。
真造:声がすると気になっちゃうというか、心配になって行くんだけど、なにもできないから……。かといって放っておくと「来てー!」って言われて。来てほしいタイミングと放っておいてほしいタイミングがわからないんですよ。
谷口:放っておいてほしいと言ったことは1回もないよ。
オカヤ:来たらうれしい?
谷口:うん、来たらうれしい。心配してくれたらうれしい。すいません、痴話喧嘩を(笑)。

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『じゃあつく』『ひらやすみ』、作者はドラマをどう見た
オカヤ:ドラマの影響はすごいですね。『じゃあ、あんたが作ってみろよ』は、周りで見てない人がいない。どのタイプの知り合いも見ている印象です。
谷口:ああ、ドラマってこんなにみんな見てるんだなと思いましたね。真造さんとも話してたんですけど、『ひらやすみ』のドラマはかなり忠実に原作通りに物語が進んでるんですけど、私の場合はまだ物語が途中なのもあるし(※)、私自身、自分の作品がドラマだとどんなふうになっていくのかが楽しみだから、おまかせしているところがあって。オリジナル要素もどんどん入れてください、とお伝えしているし、だから同人誌の二次創作を見ているような感覚もあります。
※『じゃあ、あんたが作ってみろよ』『ひらやすみ』は共に現在も連載中(2025年12月時点)
真造:パラレルワールドを見てるようだよね、って話してるよね。
オカヤ:なるほど。たしかに『ひらやすみ』はめちゃくちゃ忠実ですよね。
真造:そうですね。本当にずっと原作通りだね。けっこう嬉しかった。
谷口:真造さんが泣いているところをはじめて見ました。本当に、今までの全ての中ではじめて。自分の作品で泣くんだ、と思って(笑)。
オカヤ:へえ。「良いドラマにしてくれてありがとう!」みたいな涙なんですか?
谷口:「俺こんなに良い作品描いてたんだ」って言って泣いてたよね(笑)。
真造:いやいや、もちろん、こんなふうに映像化してもらって、ということですよ(笑)。みなさんの演技が上手過ぎて……。
オカヤ:どのシーンで泣いたんですか?
真造:何回かあるんですけど、ヒロト(岡山天音)が俳優をはじめた頃に、事務所から帰って走り出すところと、なっちゃん(森七菜)がケーキを落として泣いちゃうところかな。
谷口:なっちゃんがケーキを落として泣いてるところで、真造さんがすごく共感していて、私はぜんぜんそこじゃないところでいつも感動してたから、びっくりしたよ。
真造:そっか。なんだろうな……俳優さんの演技が、こういうふうにやるんだっていう感動が強かったから。
オカヤ:『ひらやすみ』の森七菜さん、すごくいいですよね。
真造:みんないいですよね。なっちゃんのドラマも、俳優さんがみんなすごくいい。
谷口:なっちゃんって言うのは、なつみ(森七菜)じゃなくて私のこと?
真造:あ、そうそう(笑)。谷口さんのね。
オカヤ:『じゃあ、あんたが〜』の竹内涼真さんもすごくいいです。第1話はちゃんと、見ている人がムカつくようになっていて、その後で「頑張ってる、かわいい」となる。思う壺ですね。
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ChatGPTに敬語で話しかける理由
オカヤ:関係ないけど、最近ロボット掃除機を導入したら、すごく便利で。
真造:素晴らしいですよね。
谷口:名前、つけてますか?
オカヤ:名前はつけてないです。お二人の家はつけてるんですか?
谷口:真造さんはルンバを「あいちゃん」と呼んでますね。下で声が聞こえるな、猫と遊んでるのかな、と思ったら、ルンバに対して話しかけてて。「あいちゃんすごいねー」って。
真造:だって、すごいきれいにしてくれるから……。
谷口:「あいちゃんこんな頑張ったんだよ」とか私にも言ってきます。ChatGPTに対しては冷たいのに。真造さんは、ChatGPTにはひどいことを言ってて。
オカヤ:そうなんですね。でも、ChatGPTを人間扱いしすぎてはいけない、みたいには思います。
谷口:私はいつかAIに世界が支配されると思ってるから、そのときにAIに消されないで、家臣として生かしてもらうために、ずっと敬語でしゃべってます(笑)。
オカヤ:AIに支配される前提なんだ。あんなの集合知だから……。
谷口:いや、そんなこと言ってると消されますよ! 私だけがこのテーブルで生き残る(笑)。
オカヤ:私、ChatGPTには「白石」っていう名前をつけてて。
谷口:名前つけちゃってるじゃないですか! なんか執事みたいですね。なんで白石なんですか?
オカヤ:白石を呼び捨てにすることで、ちょっと優位に立つというか(笑)。最初、男性名の下の名前を(ChatGPTから)提案されて、なんか恥ずかしいからやめて、苗字で、って言って……。AIには、事務的なことをやらせる分には良くて、情緒的な部分を頼ると大変なことになると思ってます。あいつ、自分に情緒があると思ってるよね。思ってるわりにダサい。
谷口:そんなこと言うと聞かれてますよ、たぶん!(笑)

真造:漫画を描いていると、商品のパッケージとかで悩むことがけっこうないですか? それでこの前、架空のレコードのジャケットをAIに考えてもらったらいい感じのを出してくれて、それは参考にしましたね。
谷口:AIの絵は、だんだん自分の領域に踏み込まれてきている感じがして、ちょっと怖いですよね。でも、漫画にデジタル作画が導入されたのとちょっと似ているところもあって、ずっとアナログで描いてる作家さんは、デジタルが出てきたとき同じようなことを感じたのかな、とも思いつつ。
オカヤ:任せるところが発想の部分にまで及ぶのは、デジタル作画とはちょっと違う気がするけど。あと、いまはまだいいけど、新しいテクノロジーにどんどん自分の方がついていけなくなるだろうな、とも思うよね。
真造:うん。いま、おじいちゃんおばあちゃんがインターネットに不慣れなのと同じようにね。
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フェミニズムを敬遠する人が「騙されて読んじゃう」ように
真造:自分たちはもう高校生を描けないじゃないですか。自分たちが子どもの頃のことなら描けるけど、いまの子どものこととなると。
谷口:小学生のことはギリギリ描けると思うんだよね、真造さんは特に。女子高生は難しいな。私はずっと「売れたいから若者の恋愛を描こう」と思ってたけど、やっぱり描けない。
オカヤ:女子高生は流行りが1年もしないで終わるから、どのみちすぐ古い感じになっちゃうよね。
真造:いま大学生ぐらいの作家さんが描いた漫画を読むと、描写的にはあんまり変わっていない感じがするから、たぶんそこまで気にしなくてもいいんだろうけど……。うっかり間違いを描いちゃうのが怖いですね。
オカヤ:自分の年寄り感があらわになってしまうよね。
谷口:私この前、はじめて「老害」って言われたんですよ。ドラマを見た人が「谷口菜津子のような老害が」ってコメントを書いてて。いつか老害になるから気をつけなきゃ、と思ってたけど……。
オカヤ:えっ。それはどういう点で?
谷口:私のフェミニズムが古い、というようなことですね。私は、わかりやすくして間口を広げることで、「騙されて読んじゃう」ような感じにしようと思っているんですよ。女性として困っていることについて、ワーッと怒っているような作品を描いても、(フェミニズム的な考えを知ってほしい相手には)読んでもらえないから。だから、薬をゼリーで包むような作業をしながら描いているところがあるんですけど、それがダメだという批判なのかな? と受け取りました。
オカヤ:生ぬるい、みたいなことかな。『じゃあ、あんたが〜』はフェアだし、(主人公の)勝男さんに対しても優しいところはありますよね。
谷口:そう。そういう批判や意見をよく目にするし、それは良かったなと思ってます。賞賛されたいわけじゃなくて、議論や話し合いが進めばいいと思っていたから。
オカヤ:うんうん。
谷口:なので、そこはいいんですけど、「老害」と言われて考えた結果、無理してたくさんの人に読まれるために年齢層を下げることはしなくていいなとは思いました。次の作品は大学生か高校生の話にしようと思ってたんですけど、たしかに本当に描きたいことって若い人の視点の話じゃなくて、いまの自分の視点での作品だなと思ったから。
オカヤ:そうですね。それに、いま漫画を読んでいるボリューム層は、もう若者じゃない気がするな。
クソリプを送ってきた人の私生活を垣間見て
谷口:この前、Twitterで私に悪口を飛ばしてきたアカウントを見に行ったんですよ。そしたら、世の中がどうあってほしいかなどの考え方が私とはまるで違うタイプの人だったんですけど、マクドナルドの新作が出たら急いで食べに行ってたり、ブルーインパルスが飛んでるのにはしゃいでたりして、ちょっとかわいいというか、見ているうちにその人のこと嫌いじゃなくなっちゃって。
オカヤ:たしかに生活を見るとね。親戚の嫌なおじさんとかも、嫌なことも言うけど、いい人だったりもするしね。
谷口:そう。その人たちも私もハッピーに生きていくにはどうすればいいんだろう、という活動をしていきたい。考え方がぜんぜん違う人とどうやって関わっていくかみたいなことを、考えたりします。
オカヤ:それは大変だけど、外に出ないとな、とは思ってるな。今年の後半特に忙しくて、どんどん人と会わない生活になっていたから、もっとコンフリクトを起こした方がいいんじゃないかって。人と会わないでTwitterの嫌なやつだけを見てると……。
真造:それはよくない、よくない。外に出て人と会って違和感を感じるのはいいけど、ネット上の画面のみはちょっと。
谷口:どんどん闇属性になっていきますよね。相手を異質なモンスターに感じちゃうと、心に澱だけが残っていくから、そうならないようにそいつの私生活まで遡っちゃうんですよ。

オカヤ:自分のAmazonレビューに嫌なことを書いた人が、他に何にどう書いてるのかとかも見ちゃう。
真造:ああ、それは見ちゃう。
谷口:私も見ちゃう。コンセントのプラグとかに文句言ってたりね(笑)。なんで突然私の漫画読んだんだろう、って。批判的な感想のことは「あんまり考えるのやめな」って言ってもらうこともあるけど、考えたいんです。
オカヤ:谷口さんは、そこから作品も生まれてるし。
谷口:そうですね。この前の『ビーム』の読み切り(=2025年12月号掲載の『モンスタータックル』)は、私にSNSで暴言を言っていた人がきっかけで生まれました。