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アリ・アスター作品における陰の立役者、ボビー・クーリック
ボビー・クーリックは、The Haxan Cloak名義としても活躍するイギリス出身の音楽家・プロデューサー。過去にはビョーク、Father John Mistyなどのプロデュースを手がけ、後にアカデミー賞作曲家のアッティカ・ロスに見出されマイケル・マン監督の『ブラックハット』(2015年)にて映画音楽デビュー。その後、アスターの過去2作品、『ミッドサマー』『ボーはおそれている』の音楽を手がけています。
『ミッドサマー』では、スウェーデンの民謡的な旋律と不穏なストリングスの和音、そして美しくダークな電子音で不穏と狂気、共同体の陶酔という恐怖を描き、『ボーはおそれている』では、弦楽器に加え管楽器や打楽器、あるいはギターやコーラスなど、オーケストラサウンドによって主人公・ボーの混乱、妄想、錯乱を表現し、自己の内面的不安を体現するかのようなダイナミックな音楽を形作りました。
本作においてクーリックは、コープランド的な西部アメリカを匂わせる開放的な和声に対し、ストリングス、電子音のモジュレーション、打楽器の残響、半音で揺れる低音、独特な長い休符(音の間合い)、不協和音、ミニマルな繰り返しという要素を対比構造的に組み入れ、閉塞感や息苦しさを生み出しています。
そうしたサウンドトラックの構造に加えて特筆すべきなのは、クーリックの低音の扱い方です。人間が不安や緊張を感じると言われる20〜60Hz程度の低周波を巧みに音楽に織り込み、皮膚感覚で心理的恐怖や不安を伝える——半音で揺れる低音、弦楽器の不協和音、打楽器の残響などを用いた内省的で実験的なクーリックの音響は、いわばこの映画内の心理状況そのもののように響きます。
エディントンという小さな町の中で起きる混沌、不穏、分裂、緊張といった感情と空気感は、スコアによって補強されている。
つまり、アスター映画の「恐怖」や「不安」という感情の大部分を担っているのは、クーリックの音楽といっても過言ではないのです。