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音楽が描き出すアメリカーナの亡霊、心理的恐怖
ジョーとテッドがそれぞれ掲げる正義の対立、コミュニティや家族間の分裂と緊張、SNSがもたらす混沌、陰謀論が忍び寄る不穏さ……そうした日常に潜む不協和音のような不安や恐怖は、音楽でも見事に表現されています。
全体的に非常に遅いテンポのサウンドトラックは、人間の呼吸や心拍数と同調するように淡々と抑制を効かせた不穏な映像に沿って展開し、クライマックスに向かってミニマルなパーカッションのリフレインで観客の心理的不安を煽りながら、暴走して歯止めの効かない状況を表すような音楽へと推移していきます。
本作の音楽を手がけたのは2人の作家。ダニー・ボイルやリドリー・スコットといった大監督との仕事もこなすダニエル・ペンバートン、そして3作連続でアリ・アスター映画の音楽に携わるボビー・クーリックです。
構造的な旋律、開放的な和音でオーソドックスな映画音楽的な印象を残すペンバートンのスコアは、アーロン・コープランドやウォルター・ピストンといったアメリカ西部の風景、開拓時代の精神を思わせる20世紀前半のアメリカを代表する作曲家を彷彿とさせるもの。ニューメキシコの荒涼とした風景、作品の背景にあるアメリカという国の社会や精神、歴史や文化を表象しているようなペンバートンの楽曲は、失われつつある「良きアメリカ」を亡霊として召喚したかのように作品に存在します。
対して、『ミッドサマー』と『ボーはおそれている』でアリ・アスター作品に渦巻く不穏さ、不条理さ、心理的恐怖にサウンドで貢献してきたボビー・クーリック。この若き天才によるサウンドは、本作のサウンドトラックの注目すべきポイントです。