2次元(デジタル)と3次元(フィジカル)の両軸で活動するマルチアーティスト長瀬有花が、コンセプトアルバム『Mofu Mohu』を2025年5月にリリースした。前作『Launchvox』から約1年半ぶりとなる本作は、生楽器を用いたバンド編成で合宿でのレコーディングという制作手法を選択。全9曲すべてが本作のために書き下ろされた新曲で構成され、長瀬自身が初めて作詞作曲を手がけた“ワンダフル・VHS”“ノートには鍵”も収録されている。
今回は、前作『Launchvox』収録の“ブランクルームは夢の中”、そして今作収録の“われらスプートニク”で楽曲提供を行った佐藤優介との対談を実施。サウンドプロデューサーの矢口和弥も交えて、『Mofu Mohu』の制作背景、そして長瀬有花というアーティストの本質について語ってもらった。
INDEX
「『長瀬有花はこういう人なんだ』とイメージを思い描こうとすると、そのイメージが固まってくる寸前でそこからスルスルと抜け出していく」(佐藤)
―長瀬有花さんは「2次元(デジタル)と3次元(フィジカル)の両軸で活動するマルチアーティスト」ということですが、その音楽活動はどう始まって、どのように今に至っているのでしょうか。
長瀬:最初はデジタルから始まったんですけど、自然とフィジカルの姿でもやっていこうということになりました。今回のアルバムを作るに至った思想的な面と繋がってくるんですけど、もともと「いつでも、どこにでも存在している」ということに憧れていて。自分の存在をいろんなところに偏在させたい気持ちがあったんです。

2次元(Digital)と3次元(Physical)の両軸で活動するマルチアーティスト。3DCGやイラストレーションで構成されるバーチャルアーティストとしての姿と現実世界(実写)でのリアルアーティストとしての姿を持ち活動の媒体によって自身の露出する形態 / 表現手法を使い分ける。
―ライブで実際に生身の姿でお客さんの前に立ったことは、何かしらのターニングポイントになりました?
長瀬:そうですね。恵比寿LIQUIDROOMのワンマン『Eureka』(2023年8月)で初めて皆さんと何も隔てない状態でライブをしたんですけど、そのライブは、自分にとっても、ファンの皆さんにとっても大きいもので。バーチャルとリアルそれぞれに制約と自由があると思うんですけど、この世のすべての制約と自由を自分のものにしたいという思いが以前よりあったので、その一歩を踏み出せた感じがすごくありました。
―佐藤さんは、長瀬さんのアーティスト性についてどんな印象を持ちましたか?
佐藤:最初に曲提供をした時、プロデューサーの矢口(和弥)さんとの打ち合わせで「こんど最初のワンマンライブがあって、そこで生身で出ます」という話を聞いていたから「すごいスピードで走ってる人だな」と思いました。肩書き、そのイメージにとらわれない。こっちが「長瀬有花はこういう人なんだ」とイメージを思い描こうとすると、そのイメージが固まってくる寸前でそこからスルスルと抜け出していく感じがあって。それがすごく痛快でしたね。

福島県浪江町出身のキーボード奏者 / 作・編曲家 / プロデューサー。福島県双葉高等学校から昭和音楽大学へ進み、同大出身の佐藤望と2010年にカメラ=万年筆を結成。2012年にデビュー。以来、僕とジョルジュ、Ventla Ventla、NEUSTANZ、町あかり&カシオボーイなどのユニット活動を展開するほか、ムーンライダーズ、KID FRESINO、スカートらのサポートやプロデュースを行なう。2019年よりソロとしても始動し、EP『Kilaak』を発表。2024年11月の「卒業コンサート」をもって、佐藤優介から現名義へ改名。2025年1月に1stアルバム『物語を終わりにしよう』をリリース。
長瀬:まさにそれを見せたくて。2次元(デジタル)と3次元(フィジカル)の両軸で活動するのも、そういう意味での分散なんじゃないかなと思います。
―前作『Launchvox』と今作『Mofu Mohu』では、制作のアプローチが大きく変わりましたね。まず前作の時点では、どんな作品にしようと思ってましたか?
矢口:『Launchvox』に関しては長瀬有花というパブリックイメージを強化しようと思った作品でした。バーチャルとインターネットミュージックの結びつきをそのままテーマにしたというか、純粋にこういうものを作ったら長瀬有花の立ち位置として分かりやすいんじゃないかと。当時は聴いてくれる人や業界に向けての目配せも意識していました。
佐藤優介の廃墟感との共鳴
―『Launchvox』には佐藤優介さんが作詞作曲をした提供曲“ブランクルームは夢の中”も収録されています。佐藤さんにお願いしたいと思った理由は?
矢口:長瀬有花のクリエイティブに関しては「二元性を担保する」というのを常にテーマにしてるんです。フィジカルとデジタルもそうですし、「懐かしいけど、新しい」とかもそうで。そういう意味でも『Launchvox』はインターネットミュージックに接近した作品ではあったんですけど、作家さんのアサインや作風の面ではインターネットミュージックとは相反する人も入れたかったんですよね。
ただ、佐藤さんにお願いしたのは僕のエゴもありました(笑)。もともと好きだったというのもあって。『Launchvox』の構成の中でも「好き勝手にやる」という位置づけでオファーをしました。
―佐藤さんの作風が好きだったというのは?
矢口:長瀬有花がデビューしてから少し経った頃に何かのきっかけで“UTOPIA”というシングルを初めて聴いて、その時に衝撃を受けたんです。「こんなことやっていいんだ」「こんなことをしてる人がいるんだ」って。デジタルな作風でも描いている景色はアナログで、どことなく廃墟感のある曲を書かれる方だと思うんです。長瀬本人も廃墟が好きなんですけれど、そういう世界観や、カルチャー的な空気感の結びつき、相性の良さも感じていたので。
―長瀬さんは佐藤さんの曲を聴いてどんな印象でしたか?
長瀬:佐藤さんソロの曲って、ボーカルがめっちゃ小さいんですよね。すごく小さくて、背景に溶け込んでる感じがあって、何を言っているのかも曖昧にぼかされてる。歌詞で情景を連想させる曲が多いと思うんだけど、佐藤さんの曲はそれがないというか。音だけで想起させられる景色みたいなものを表現しようとしてる感じがあって、そこがすごいなと思ってます。

佐藤:僕は他人の曲を聴いていて、日本語の曲でも歌詞が入ってこない人間なんですよ。それが関係しているかもしれないですね。
―佐藤さんとしては、自分のソロと提供曲で、作り方や考えることに違いはありますか?
佐藤:全然違いますね。提供曲は歌う人の声に向けて作る感じが強いので、自分ではなかなか歌えないですね。キーが合うか合わないかとかじゃなくて、自分の声では活きてこない曲になっていると思う。
―佐藤さんが『Launchvox』に“ブランクルームは夢の中”を書いたときには、長瀬さんにはどんなイメージを抱いていましたか?
佐藤:『Launchvox』の時はもうちょっとバーチャルな感じでしたけれど、その時から「2次元と3次元」というキーワードがあったので、ずっと境界線にいる人なのかなとは思ってました。1本の線じゃなく、2本の線を引っ張り合ってるような感じというか。
“ブランクルームは夢の中”の歌詞もインターネットのことを歌っていて。今の子供って、インターネットが当たり前に普及した時代しか知らないわけじゃないですか。俺はインターネットが普及するかしないかぐらいの端境期に生まれたので、インターネットの無い子供時代を過ごせた最後の世代かもしれない。そういう人間からすると、インターネットは便利だけれど、便利=豊かさではないというか、失われたものもあるような気がして。そういうものを歌詞にしようとした感じです。
長瀬:たしかに、それを聞いて腑に落ちた感じはありました。電子的な要素と、そういうものが無かった小さい頃の外を駆け回ってたような感じと、その2つを行ったり来たりしているようなイメージがあって。
佐藤:そのイメージは長瀬さんにもどこか重ねていたところがあったので。そこが結びついてできた曲だという感じはしますね。

長瀬有花は「掟破り」。ずっと独走状態でいられる理由
―今回のアルバムの“われらスプートニク”の制作の段階では、長瀬さんにどんなイメージを抱いていましたか。
佐藤:今回のアルバムは生バンドで録音すると聞いて、それも「速いな」と思いましたね。スピードが速い。前は打ち込みがメインだったんですよね。トラックメーカーの人たちが楽曲を提供していた(※)。それはやっぱりバーチャルと親和性があるから、わかりやすいじゃないですか。でも生バンドで、山の中のスタジオで、合宿で録るって、全然バーチャルじゃない。だから「速いな」と思って。掟破りをずっとやってる人だと思っているんです。これ、不安にならないですか?
※『Launchvox』はボカロPのいよわ、パソコン音楽クラブやウ山あまね等が楽曲提供をしていた。
長瀬:いや、むしろ、今佐藤さんに「掟破り」って言われたのは、嬉しいです。佐藤さんにもそういうところがあると思ってるので。ジャンルでイメージを固定したくないという話はずっとしていて。それこそイメージの分散とは遠くなってしまうので。

佐藤:一般的には、最初にバーチャルとして出てきたら、スタイルを変えずにじっくりやり続けた方が認知されやすいじゃないですか。でも、そんなことはもう関係ないんだなと思って。だから、俺からするとずっと独走状態にいる人っていう感じなんですよね。モデルがいるわけでもないし、後続もいない。一人で突っ走ってる。だから不安にならないのかなって。
長瀬:不安にはならないですね。やっぱり面白くて変な曲が好きだし、変なことを更新していくのは楽しいから、楽しんでやってます。あと、よくリスナーの人から言われるのは「どんな曲を歌ってても声で長瀬有花というジャンルになる」ということで。それが自信になっている。みんながついてきてくれるという信頼があるので、何やっても大丈夫と思えているかもしれない。
佐藤:曲を提供する側から見ても、それは思いますね。長瀬さんだったら何でも歌ってくれそう、自分の歌にしてくれそうという。だから楽曲提供陣もそれぞれ、冒険ができていると思います。
ー佐藤さんとしては長瀬さんの歌の魅力はどういうところにあると思いますか。
佐藤:長瀬さんの声だったり、ちょっとしたニュアンスの変化だったり、いろんなところに長瀬さんの署名があるような感じがする。こちらが何をしても、最終的には長瀬さんの判子を押してもらえるような、そういう信頼があると思います。
これまで作り上げた長瀬有花を否定するアプローチに挑戦
―今回のアルバム制作での、生楽器のバンド編成で合宿レコーディングというアイディアはどういうところから出てきたんですか?
矢口:そもそも長瀬有花の二元性、デジタルでありフィジカルであるとか、新しく懐かしいみたいなのって、いまの時代だからこそできたものだと思うんです。だから前作は、現代のインターネットにいる長瀬有花というのを肯定的に作りました。
そこから1年ほど活動する中で、定義付けとかジャンル付けに直面する機会が増えてきて。バーチャルっていうのを自称したり、その枠組に入れられることに疑問を持ちました。今ってどうやってもコミュニティがすぐにできて、あっという間にキャラクター化されてしまう。だからこそ、分散とか概念化というテーマに、より根本的にアプローチしたい。それで今度は、前作で作り上げた、インターネットとか現代的なイメージの長瀬有花を肯定するのではなく、否定したらどうなるだろう、というところからですね。じゃあ、生音にするしかない。そこからはトントン拍子で、バンドでやろう、合宿しようみたいな。
―生楽器で合宿でレコーディングするというのは、トラックメイカーが作った楽曲に歌を入れるのとは全然違う体験だったのではないかと思います。その場の空気感を重視したライブ感のある制作になったのではないかと思うんですが、そのあたりの感覚はどうでしたか?
長瀬:まさにそうでした。これまでは曲のデータをもらって、それを聴いて、当日にブースの中で一人で歌うっていう感じの作り方だったんですけど、今回はバンドの皆さんの演奏を目の前で聴いていたので、ライブの意識が強かったです。作られている過程を見ているから、一個一個の楽器の役割とかリズムが自分に馴染んでくれた感じがあって。リアルタイムで生きてる感があったので、そこに自分も乗っかっていこうっていうのが、新しい経験でした。
―制作過程がフィジカルな感じだった。
長瀬:そうですね。五感をフルに使ってみたいな感じでしたね。
―長瀬さんは今回の作品では、“ワンダフル・VHS”と“ノートには鍵”でソングライティングもやっている。これは今回のアルバムのキーになっている曲だと思うんです。曲も非常にキャッチーでしたが、これはどういう風に作っていったんでしょうか?
長瀬:そもそも今回のアルバムのコンセプトも何もない状態で、ただ「いいデモがあったら送って」と矢口さんに言われてたのが最初で。だからただただ溜まっていたデモを共有して、その中から選ばれた2曲でした。
矢口:コンセプトはあえて言っていなくて。ファジーなものを作りたいという目的があったので、それを本人に当て書きさせないほうがコンセプトに合うものになると思いました。その中で、ちょっと語弊がある言い方かもしれないですけど、意味がなさそうな曲を選んだんですよね。歌詞も含めて、力が抜けていて、無意識で作ったくらいの曲のほうがコンセプトに絶対合うと思って。それでこの2曲になりました。
長瀬:たしかに。歌詞を頑張った曲は全然選ばれなくて、むしろ適当に書いた曲が選ばれたと思ってたんです。

佐藤:俺も長瀬さんの作った2曲はすごく好きですね。“ノートには鍵”は特に好きで。これはどっちもギターで作ってるんですよね?
長瀬:そうです。
佐藤:これって、初めて作った曲の感じがあるというか。たぶん、作り慣れてくるとできない曲だと思うんですよね。慣れてくるとどうしても失われるものがあるので。
長瀬:確かに。
佐藤:みずみずしいっていうか。これはもう自分には作れない音楽だと思うし。そういう透明な曲だなって思って、それがアルバムに入っているのが、すごく好きなんですよね。
長瀬:その透明感はキープしたいです。
自然と出てくる言葉は「楽しかった昔には絶対に戻れない」という痛み
―“われらスプートニク”の歌詞は佐藤さんと長瀬さんが共作していますが、これはどんな風に進めていったんでしょうか?
佐藤:最初に冒頭と最後だけ俺が書いて送って、中を長瀬さんが埋めてくれました。長瀬さんから出てくる言葉が「干し草」とか「ランプ」とか、自分じゃ出てこない、だけど曲にぴったりのワードで。素晴らしかったです。
長瀬:佐藤さんの曲の世界観と合っていたのか、逆に外れていたのか、気になってたんですけれど。
佐藤:両方だと思いますよ。自分から絶対出てこない言葉なんだけど、これ以外考えられないなっていう言葉がそこにハマっている感じがしたから。すごく良かったなと思いますね。
長瀬:良かったです。
佐藤:長瀬さんの歌詞は言葉選びがいいんですよね。“ノートには鍵”もそうですけど、「ノート」とか「鍵」とか「シューズ」とか「クレヨン」とかあって。個人的な体験から来る言葉なのか、イメージから生まれてくる言葉なのか、どこから来る言葉なんですか?
長瀬:昔の記憶かもしれないです。夏休みにおばあちゃんの家でしたお泊り会、めっちゃ楽しかったけど、もう絶対戻れない、みたいな。布団に入ってるときにふと、そういうどうにもできない辛さみたいなのがワーってやってくることが結構あるんです。そういう気持ちを大事にしています。自分が感じる感情の中で、一番大きくグサって刺さってくる痛い感情なので。
―『Mofu Mohu』というアルバムが仕上がった時の実感はどんなものがありましたか?
長瀬:2泊3日の合宿で楽器も歌も全部録ってて、時間がカツカツだったんですよ。マラソンを完走した後みたいに「終わった」っていう気持ちしか当初はなくて、でも冷静になって聴いてみると、めちゃくちゃな化け物みたいなものが生まれてて。「え、これ自分たちがやった?」みたいな。あんまり実感がなくて。幻みたいな体感でした。
―不思議なパワーが宿っている。
長瀬:そうですね。達成感はすごくあります。

―佐藤さんはどうですか?
佐藤:俺も同じで。完成した音源を聴いて、「こんなすごいアルバムだったんだ」と思いました。曲間がなく繋がっている部分とか、それは矢口さんや、エンジニアの中村涼真さんの力によるところが大きいと思うけど、「われらスプートニク」にしても、自分の曲というよりは、参加してくれた人たちみんなで作ったっていう感じが強い。レコーディングでも、1曲ずつ録り終わってプレイバックしてる時とか、みんなちょっと誇らしげで。多分、みんなどこかで「これは自分じゃなきゃ務まらんぞ」っていう、そういう自負があったんじゃないかと思います。チームで作っているもので、一人ひとりにそういう気持ちがあるものって、絶対いいものになるんですよね。
それがどうしてまとまってるかって言ったら、やっぱり長瀬さんの歌があるからだし。みんな長瀬さんの歌を信じてたと思いますね。ライブを観ていてもバンドもみんな楽しそうで、きっと頼もしいフロントマンなんだろうなって思います。
長瀬:バンドメンバーの皆さん、実力のある本当にすごい方々なんですけど、今回の収録は、それでも悲鳴を上げながらやられていました。すごい人たちがちゃんと本気を出さないと作れないものが詰まってる。それが、このアルバムのすごいところですね。

長瀬有花『Mofu Mohu』

収録曲
01.Today’s Music
02.スケルトン
03.われらスプートニク
04.The Listening Room
05.ワンダフル・VHS
06.ノートには鍵
07.hikari
08.Poisson Soluble
09.遠くはなれる思考の聞き取り
配信リンク:
https://kigensho.lnk.to/mofumohu