SDGsの目標5にある「ジェンダー平等を実現しよう」。しかし2024年の日本のジェンダーギャップ指数は146カ国中118位で、2022年の日本の国会議員(衆議院議員)に占める女性の割合は9.7%と、国際的に見ても非常に低い水準となっている。文化芸術に目を向けてみても、日本映画の監督における女性の割合は、2022年公開の映画では12%。男女格差がまったく埋まっていない現状と言える。男性優位社会に違和感や生きづらさを感じている人も多いのではないだろうか。
そんななか、柚木麻子原作、のん主演、堤幸彦監督の映画『私にふさわしいホテル』が全国公開される。不遇の新人作家・加代子(のん)が「男尊女卑クソジジイ!」と雄叫びを上げながら、権威主義の大御所作家・東十条(滝藤賢一)や曲者の敏腕編集者・遠藤先輩(田中圭)を巻き込んでのし上がっていく、痛快な文壇エンターテインメントだ。
今回NiEWでは、原作者の柚木さんと監督の堤さんのレアな対談が実現。加代子と東十条のように世代も境遇も超えて、どんな化学反応が生まれるのか。物語の舞台である山の上ホテルで、お互いのジェンダー観はもちろん、時代や世代のこと、映画界を取り巻く環境について、縦横無尽に語っていただいた。
※本記事には映画本編の内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承下さい。
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「いかに柚木先生が男系社会のなかでひどい目に遭っているのかという……」(堤)
―『私にふさわしいホテル』映画化にあたって、とても緊張したとラジオでおっしゃっていて、「あの堤監督でも!?」と意外だったのですが。
堤:柚木先生が描かれる時代やシステムに抵抗する女性像、いわゆる「変人」と純粋さのアンビバレンツ、それをうまく出せる才能が俺にあるのかという意味で、すごく緊張しました。いままでわりとストレートな、見たまんまのキャラクターを描くことが多くて、行動や外見と中身の心持ちが違うキャラクターというのはあまりなかったので。でもそういう含みがしっかりないとこの作品はおもしろくないし、なにより先生のお書きになる小説にそういう登場人物が多い感じがしたので、それに応えられるのかという気持ちでしたね。
でも、のんさんに任せればなんとかなると思っていました。彼女はひとつのアクションをするにしても、野生の勘みたいなもので表情を出すのがめちゃくちゃうまいので。たとえば怒鳴るシーンでも、どこまで怒るんだというくらいマックスできますから。今回の作品も一人稽古をしてから現場に入ったそうなんですが、僕としてもそれをちょっと壊したいみたいなところもあって、すごく楽しかったです。演技ってたどたどしくも自分の思いを伝えたい部分もあると思うんですが、そうやって役者とせめぎ合うのも醍醐味。結果はのんさんの勝ちなんですけどね(笑)。今回彼女とセッションすることで、本当に初めて映画を撮るような気持ちになりました。

監督。愛知県出身。TVドラマ『金田一少年の事件簿』(’95-’96)で注目を集め、『ケイゾク』(’99)や『池袋ウエストゲートパーク』(’00)といった話題作の演出を手がけてきた。主な映画作品には、『劇場版 TRICK』シリーズ(’02-’14)、『20世紀少年』三部作(’08-’09)、『劇場版 SPEC』シリーズ(’12-’13)、『イニシエーション・ラブ』(’15)、『天空の蜂』(’15)、『ファーストラヴ』(’21)など。
―柚木さんも加代子を演じられる俳優さんが日本にいるのだろうかとおっしゃっていましたね。
柚木:主人公の加代子役がのんさんに決まった時に本当によかったなと思ったと同時に、日本の映画ってただ悪辣な女の子ってほぼ見ないので、いい人になっちゃうかもという不安はあったんです。たとえば死んだ妹のためにがんばってるとか、本当はかわいげがあるとか、担当編集の遠藤先輩との間に恋愛関係が匂うとか、もしくは加代子の本で救われた人が出てきて書き続けてくださいって言われて涙がポロッとなるとか。それでもしょうがないと。でもそういうことが一切なく、加代子は一回も反省することもなく、そこがもう本当に嬉しかったです。

原作。東京都出身。2008年、『フォーゲットミー、ノットブルー』でオール讀物新人賞を受賞。『フォーゲットミー、ノットブルー』を含めた連作集『終点のあの子』で作家デビュー。2015年、『ナイルパーチの女子会』で山本周五郎賞を受賞。主な作品に『私にふさわしいホテル』、『ランチのアッコちゃん』、『伊藤くんA to E』、『オール・ノット』など。
―昨今、原作の映像化というところで難しい面やナイーブな部分もあると思うんですが、女性の原作ものを男性の監督が撮る際に気をつけた点、気をつけてほしかった点はありますか?
堤:もちろん原作はありますが、表現することは台本に書いてあることだから、僕にとっては台本がすべてですね。『私にふさわしいホテル』の台本は本当に徹底的に潔かった。とはいえ加代子というキャラクターは直線的じゃないんですよ、やっぱり内部になにかあるんですよね。それは日本映画やテレビドラマにありがちなものじゃない。すごくカラッとしているところが大好きですね。
柚木:筒井康隆さんの『大いなる助走』がとても好きなんですが、『私にふさわしいホテル』に比べると、主人公の心の闇やルサンチマンがすごい。重くて湿度が高くてびっくりします。
堤:こちらは終始ドライなところがたまらない。

柚木:日本映画で日本に抗ってるんですよ、監督も(笑)。加代子も世の中のことに興味を持ったり憤っていたりするはずで。女友達がいっぱいいて、出版界の問題や日本文学の話、政治や時事問題まで、いろんな話を腹割って真剣に話してるんじゃないかな。加代子は女性から見た時と男性から見た時とではまったく印象が変わると思います。今回は男性の登場人物たちと一緒なので、彼女のめちゃめちゃ性格が悪いところだけが出るという。でもたぶん、天敵・東十条の妻やお嬢さん、愛人から見ると、彼女は懐が深くてすごい知的な人物に映ると思いますね。
堤:男性はやっぱりなにやら権力を背負ってるんで、それに対して女性としてどう向き合うべきかって正解を加代子は身に染みてわかってるんですよね。それはいかに柚木先生が男系社会のなかでひどい目に遭っているのかという……。
柚木:そこまでわかっていただけてありがたいです。たとえば文学賞や出版社のパーティーに行くと、たいていみんな嫌な目に遭うんですよね。売れてても売れてなくても。お説教されたり、嫌味を言われたり。だから周りの作家仲間はパーティー嫌いが多いんですけど……。私はそういう嫌な思いをするとしても、それをおもしろく書いてやるって、パーティーが好きで行きたくて。
―まさに劇中の加代子を彷彿とさせますね。
柚木:私は常々、堤監督の女性の描き方が好きで。得意気で、私はすごくよくできる人間であるっていう人を描くのが非常にお上手だと思っています。自分の能力に異常な自信を持ってる人物像って、日本じゃあんまり見たことなくて。それこそ『トリック』の仲間由紀恵さん、『スペック』の戸田恵梨香さん、そして私が大好きな『金田一少年の事件簿』のともさかりえさん! ともさかさん演じる美雪は原作の描かれ方とまったく違って、非常にスタイリッシュで自分の能力を鼻にかけて、いつも腕組みをしていて、しゃしゃり出てくるんですよね。彼女が一人で推理をする回がとてもおもしろくて大好きなんですよ。早く『金田一37歳の事件簿』を堂本剛さんとともさかさんでやってほしいんですけど、どうですか? それが私の悲願でもあります。
ちなみに『トリック』ってあの団体とあの団体の話ですよね?
堤:名指しはできませんが(笑)。
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男性としては理解できないところに本当のおもしろみがある
柚木:その気骨というか反骨精神を『私にふさわしいホテル』でも削がないで撮っていただいたのは、監督の素晴らしい女性観によるものだと思いましたね。私、いまは戦後の保育運動に興味があります。
堤:先生がそういう題材に興味があるのはとても共感できます。僕自身も来年70になるんですけど、70代はもうね、ぶち上げますよ。やっぱり悔いを残さずで、思いの丈を映画にするっていうのをやりたくて。
それでいうと先生の『その手をにぎりたい』は最高ですよ、素晴らしい。バブルの10年の物語で、女性の生き方という意味で『私にふさわしいホテル』にも通じてますよ。青子と加代子、名前は違えど同じなにかを持っていて、男性としては理解できないところに本当のおもしろみがあるんです。それが寿司に体現されていて、寿司が悲しくも楽しくも憧れでもあるっていう、何変化もしてるんですよね。
柚木:『その手をにぎりたい』も撮ってほしいです(笑)。

堤:何時間の作品になってもいいから、まんま撮りたいですね。女性としての生き方も、日本が通ってきたバブルのいい面も悪い面も、この物語に全部凝縮してるんですよ。今はバブルは悪いとしか判断されていないけど、それも一面的で思考停止だと思うんですよ。現場にいた人間としては辛く苦しい面もあった半面、いい面もあったわけで。たとえば中学で勉強できなくて落ちこぼれになった時の気分みたいなものを、もう一回大人になって味わうのかみたいなこともあるわけですよ。でもそれが何十年も前の話になって、今にどう生かされてるかっていうと、なんにも生かされていないっていう、またその絶妙な時代のマジックみたいなものもおもしろい。そうしたことを全部お書きになってるんで、撮れたら幸せですね。
ちなみに僕が『私にふさわしいホテル』の映画の設定をあえて昭和~平成初期にしたのは、もちろん万年筆や原稿用紙、黒電話で受賞発表を待つという昭和の大作家の始まりというところにこだわっていたこともあるんですが、まさに先生の描かれる世界観がその時代に最も強く開花すると思ったからなんです。
大作家には大作家の、編集者には編集者の、背負って立つものや悲しみがあるわけですよね。それを馬鹿馬鹿しい、ぶち壊すって言ってる加代子がおもしろいわけで。
―そのおもしろさをとくにこのシーンで出せたというのはありますか?
堤:いっぱいあるけど、加代子と遠藤先輩がふたりで“め組の人”を歌って和気あいあいとなって、焼きそばガツガツ食べてるところに電話が鳴る。それでふざけるなって立ち上がってカラオケのステージに上がって、ダーツの矢を向けて宣戦布告する。そこが好きです。あと小説家の話なんだけど、書いた文面が出てこないというのもおもしろいですよね。

柚木:加代子はジャーナリズム精神がかなり高いタイプで、視野も広いと思う。山崎豊子さんと書き方がものすごく似ていると思います。私と似てるところもあるけど、加代子のほうが行動力があるかもしれませんね。私は考えてるだけでやらないので(笑)。
堤:先生の世事に対する独特の切り口はすごいですよ。ドキュメンタリストであると同時に叙情的な風景描写がものすごくお上手で。日本中が浮かれてたのが急に不動産中心にアウトになった時の東京の描写とか、あんまり小説読んで泣くってことないんですけど、行間だけで泣けてくる。

柚木:ありがとうございます、嬉しいです。私、いまイギリスで結構ちやほやされて天狗になっているので(笑)、加代子と東十条のイギリス話も見たいですね。そこでは立場が逆転していて、東十条がロシアに渡ってどん底から這い上がってくるとか。
堤:そこで社会派の名を馳せる。ソルジェニーツィンみたいな(笑)。
―日本ではテーマ性が強かったり切り口が鋭かったりすると「社会派」でくくられがちなので、その風刺も込めて。
柚木:きっと加代子と東十条はトムとジェリーみたいにずっと関係が続いていくと思うので、想像がふくらみます。
