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『Don’t Tap the Glass』のサプライズリリースについて
―そして、『CHROMAKOPIA』のリリースから約9ヶ月後に『Don’t Tap the Glass』がサプライズリリースされました。このペースでのアルバムリリースはキャリア最速ですよね。
アボかど:『Call Me If You Get Lost』ではデラックスエディションを出したり、時間差でフィジカルを出したりと一枚の作品を長く聴かせるような人だと思っていました。だから、このペースで出したのはかなり意外だったんですよね。まだ『CHROMAKOPIA』ツアーの途中だし、どうしたんだろうっていうのは結構思いました。
hashimotosan:自分もタイラーはじっくり仕上げる系の人なのかなって思ってたんですが、最近のインタビューで、アルケミストとか、カレンシーみたいな、年に何枚もアルバムを出す人の名前を挙げて、彼らみたいな存在も必要だっていうことを言ってて。多分タイラーは今そういうモードなのかなっていう。
多分当時は時間をかけて作ったから、みんなにレビューとかも見ないで集中して聞いてほしいってことも言ってたし、自分の作品にフォーカスしてほしいモードだったんだと思うんですけど。今は多分『Don’t Tap the Glass』の内容も含めて、ちょっとハイになってるというか、楽しみたいモードなのかなっていう印象ですね。
アボかど:『Don’t Tap the Glass』は『CHROMAKOPIA』とも繋がる香りもほんのりとしたんですよね。 一番最後の曲とか「なぜ愛が見つからないんだろう」みたいなことを言っていて、少し『CHROMAKOPIA』の主題に近いんじゃないかと思ったりしたんです。
あと『CHROMAKOPIA』に“Thought I Was Dead”っていう曲があって。あれって「リリースのスパンが開きすぎてみんな俺のこと死んだと思ってた」みたいな、ラップゲームの速さに対する自虐のニュアンスがあった曲だと思うんです。それを出してからこのスパンで次のアルバムをリリースするっていうのは、ちょっと繋がってるのかなとか思いましたね。
hashimotosan:まあでも、タイラーのインタビューとかを見てると、正直特別な意図はないんじゃないかと思いますね。本当に反動でしかなかったのかなっていうか。『CHROMAKOPIA』がシリアスめな内容で、多分ツアーをやりながら、もっとダンサブルな曲があってもいいんじゃないかなっていうような感じで、比較的急ごしらえで作ったアルバムなのかなって。
アボかど:『CHROMAKOPIA』はサンダーキャットとかスティーブ・レイシーも参加してたけど、今回は純粋にビートはタイラーが1人で小さく作った作品でもあるし、そういった意味では本当にノリでできたみたいな雰囲気もありましたね。
hashimotosan:あとは、自分が印象的だったのは、マディソン・マークファーリンとか、イエバの起用ですね。まだまだ若くてキャリアも浅く、知名度もないけど才能ある若いアーティストをタイラーはすごいチェックしてて、そのアーティストをフックアップしてくってところが、タイラーのすごさだなと。
―サウンドや内容についてはいかがでした?
アボかど:『CHROMAKOPIA』に西海岸ヒップホップとしてのタイラーを感じたと言いましたが、『Don’t Tap the Glass』にも結構それを感じましたね。World Class Wreckin’ Cruとかエジプシャン・ラヴァーとか、その辺っぽい曲があったりして。あとフリー・ナショナルのT・ナヴァによるヴォコーダー(※5)も入ってたりするじゃないですか。 そこに結構西海岸のど真ん中を感じました。
まあ、とはいえいろんな曲をやっていて。ニューオーリンズバウンス(※6)とか、アトランタベース(※7)をやってみたりとか。やっぱりタイラーって結局いろんな音楽を「取り入れてしまう」人なんだなと思いましたね。あと個人的にちょっと面白かったのが、ドレイクと関わりの深いイエバを連れてきて<I will take care of you>って歌わせるのやべえなって(笑)。
※5:ヴォイス(声)とコーダー(符号化)を合わせた、わかりやすく一言でいうと「ロボットボイス」が出せるエフェクター。 鍵盤や外部の機器によって音の高さをコントロールすることもできる。
※6:アメリカ・ルイジアナ州ニューオーリンズで生まれた、特徴的なリズムとコールアンドレスポンスが組み合わされたヒップホップのサブジャンルのひとつ。
※7:アメリカ・ジョージア州アトランタを発祥とするヒップホップのサブジャンルのひとつ。1980年代半ばのマイアミベース(ブンブンうなる重低音と速いビート)に、R&Bの要素が加わったポップなサウンドが特徴。
hashimotosan:自分もシンセの使い方だったりとかが1980年代の感じもするなっていうか。Gファンクっぽい感じもありつつ、ヒップホップ黎明期のあたりのテイストもあって。ファッションがLL・クール・Jっぽいっていう指摘もあったりとかしましたしね。あとはやっぱりThe Neptunes(※8)が好きなんだなっていう感じ。
※8:ファレル・ウイリアムスとチャド・ヒューゴの2人によるプロデューサーチーム。
アボかど:それはめちゃくちゃありましたよね。
hashimotosan:あとは、いろんなものがごっちゃになってる感じに2000年ぐらいのOutKast『Speakerboxxx/The Love Below』っぽい雰囲気もあって。いろんなものが混ざって爆発してるエネルギーの強さみたいなところに似たようなものを感じたりしました。
アボかど:今回のアルバムは結構いろんなラッパーのネタを使ってるのが地味に特徴だと思っていて。バスタ・ライムスとか、Too $hort、リル・スクラッピーとクライムモブの声ネタとか。
ちょっとここからは飛躍する話なんですが、ここ最近のタイラーは結構The Gameから影響を受けているんじゃないかと思っていてですね(笑)。というのも今作の“Sucka Free”でThe Gameの“How We Do”のフローを使ってるんですね。 で、このフローって“CORSO”でも使ってて、結構The Game好きなんだなって思ってたんですけど。
アボかど:The Gameってラッパーのネームドロップをめちゃくちゃ出して、ヒップホップ好きをぶち上げていくみたいなスタイルのラッパーなんですけど、タイラーが入れるヒップホップからのサンプリングにはそれと通じる楽しさがあります。
hashimotosan:The Gameの『The Documentary』が好きって言ってましたよね。
アボかど:思えばThe Gameってタイラーが売れてから最初に一緒に曲を作った西海岸の大物なんですよね。すごい初期から影響を受けてるっていうわけではないかもしれないけど、多分結構好きなんじゃないかと。