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西海岸ヒップホップらしさを出し始めたタイラー
アボかど:あと、個人的に思ったのは『Call Me If You Get Lost』(2021年)と比べると、『CHROMAKOPIA』の立ち位置は面白いなって感じましたね。『Call Me If You Get Lost』って結構特徴的で、DJ DRAMA(※3)がめちゃくちゃ目立ってて。あれは『IGOR』(2019年)でヒップホップ以外の方向に寄りすぎたのを戻すみたいな狙いがあった作品じゃないかと思うんです。がっつりラップもしてるし、サンプリングも多用してましたし、マッドリブとかブーンバップ系のプロデューサーも使って、ヒップホップの真ん中に寄せた感じの作品という印象でした。
でも『CHROMAKOPIA』は、そういう方向じゃなくて、ループ感が薄いネオソウルとかジャズっぽい曲もあったり。サンプリングもしてますけど、『Call Me If You Get Lost』的なサンプリングとは違うんですよね。どちらかというと、これまでのタイラーの集大成みたいな感じで、タイラーらしさに回帰したアルバムという印象がありました。
※3:アメリカのDJ / 音楽プロデューサー。『Call Me If You Get Lost』ではハイプマンとしてアルバムの随所でシャウトを入れている。
hashimotosan:そうですね、自分も『Call Me If You Get Lost』はかなりタイラーのヒップホップ愛が爆発した作品だと思います。彼は多分2000年代ぐらいのヒップホップをすごく聴いて育ったと思うので、その頃のミックステープ文化とかがDJ DRAMAも含めて色濃く出ていたアルバムですよね。自分も同世代なので「なるほど、そこを使ってきたのね」って感じでテンション上がるアルバムでした。
で、そこから『CHROMAKOPIA』を最初に聴いたときは、全く違うモードで、今作りたいのは全く違うものなんだろうなって印象でした。でも、やっぱり一番感じたのは内面の変化で。『IGOR』とか『Flower Boy』(2017年)では失恋とか孤独感みたいなテーマで赤裸々な歌詞でしたよね。それが『Call Me If You Get Lost』で「ヒップホップ最高!」みたいなモードになって、そこからまた『CHROMAKOPIA』でよりパーソナルで内省的なアルバムになったという変化のほうが、サウンド面より印象的でした。
アボかど:サウンドでいうと『Call Me If You Get Lost』の流れも引き継いでる気がしていて。例えば“Sticky”でヤング・バックの“Get Buck”のビートをそのまま使うところとか。ああいう部分は、タイラーの2000年代ヒップホップ趣味がストレートに出た瞬間だなって思いました。
アボかど:タイラーといえばジャンルを越境するイメージも強いと思うんですが、『Call Me If You Get Lost』以降は明らかにヒップホップを聴いて曲を作ってる感じがしますね。それに、最初にも言ったんですけど、“Darling, I”でGファンクっぽいシンセを使ったのは個人的にびっくりでした。タイラーって西海岸ヒップホップ色をあまり出してこなかった人なので、そこをちゃんと通ってきてるんだなって。去年ケンドリック・ラマーが盛り上げた西海岸の流れに、タイラーも合流した印象ですね。『The Pop Out』(※4)にも出てたし、“Rah Tah Tah”でケンドリックに次ぐデカい存在なんだみたいなことも言っていたり。そういうところも含めて、西海岸ヒップホップとしての自分を出してきたなって感じました。
※4:2024年6月にアメリカ・カリフォルニア州イングルウッドのキア・フォーラムで開催されたケンドリック・ラマーによる一回限りのコンサート。
hashimotosan:確かに、タイラーはケンドリックが去年リリースしたアルバム『GNX』収録曲の“Hey Now”をリミックスしてフリースタイルをやってましたよね(“THAT GUY”)。タイラーとケンドリックがどういう関係かはちょっとわからないですけど、多分お互いリスペクトはしてるんだろうな、って何となく聴いてて思いました。
アボかど:多分好きですよね、お互いに。
hashimotosan:そう思いますね。この間のClipseのアルバム『Let God Sort Em Out』に2人とも参加してましたけど、多分通ってきた音楽とか影響を受けた音楽がかなり似てるんだと思うんです。世代も近いですし、LAのバックグラウンドも強いですし。そういう意味で、お互いに自分と似たフィーリングを感じ合ってるんじゃないかなって思います。
アボかど:あのClipseのアルバムって、明らかにリリシストしか客演で呼ばれてないですよね。ナズとかケンドリックとか。Pusha Tはリック・ロスと仲よかったりするんですけど、そういうところを押しのけてタイラーが参加しているっていうのは、ラッパーとしてのタイラーが改めて認められたように感じるっていうか。ここ数年でそういう流れもあるのかな、って思いました。