メインコンテンツまでスキップ
NEWS EVENT SPECIAL SERIES

『高畑勲展』レポート アニメーションに捧げた生涯の軌跡を貴重資料で辿る

2025.7.28

#ART

麻布台ヒルズ ギャラリーにて開催中の『高畑勲展 ―日本のアニメーションを作った男。』が、スゴい。

『アルプスの少女ハイジ』、『平成狸合戦ぽんぽこ』、『火垂るの墓』、『かぐや姫の物語』……高畑監督のアニメ作品を見て、心弾ませたり涙したりしたことがある人は多いと思う。でもその感動が具体的にはどんな成分でできているのか、何がどう特別なのかを突き詰めて考えたことはあるだろうか?

本展では高畑勲のアニメーション作品を時系列で振り返りながら、彼が何を成し遂げ、なぜ巨匠と呼ばれるのかを丁寧に紐解いてゆく。展示資料と映像と解説文のバランスがよく、分かりやすく楽しみやすい展覧会なので、夏のお出かけ先として誰にでも全力でおすすめしたい。きっと会場を出る頃には、「日本のアニメーションを作った男」の言葉が誇張ではないのだと、監督への感謝とリスペクトで胸がいっぱいになること必至である。

会場エントランス

スタッフと徹底的に話し合う、民主的な作品作りが行われた『太陽の王子 ホルスの大冒険』

1935年に三重県で生まれ、岡山県で育った高畑勲。東大仏文科を卒業したのち、24歳の時に東映動画(現・東映アニメーション)に入社してアニメ制作のキャリアをスタートさせた。

会場入口には、高畑勲(1935〜2018)の写真パネルが佇む 撮影:篠山紀信

展示の冒頭では、学生時代の高畑が衝撃を受け、アニメーションの可能性に目覚めたというフランスのアニメ『やぶにらみの暴君』(1952年発表、のちに『王と鳥』として改作)の抜粋を見ることができる。追手から逃げる男女が急な階段を駆け降りていくワンシーンなのだが、目が離せなくなる緊張感である。高畑作品へとはやる気持ちを抑えて、まずはじっくりと鑑賞してみてほしい。アニメーションという芸術領域でなら、とんでもないことができそうだ……という若き日の高畑勲の興奮に思いを馳せよう。

ちなみに『やぶにらみの暴君』脚本のジャック・プレヴェールはフランスの国民的詩人 / 作家。2006年には高畑が自らプレヴェールの詩の翻訳 / 編集を務めた『鳥への挨拶』が出版されている。

会場風景より。手前は『太陽の王子 ホルスの大冒険』の参考のために斧を投げるモーションをする高畑勲 / 『太陽の王子 ホルスの大冒険』 ©東映

高畑にとって重要な転機となったのは、長編映画初監督となる『太陽の王子 ホルスの大冒険』(1968年)だろう。チームを率いる高畑は、単純なトップダウンで作品を作るのではなく、各パートのスタッフと世界観を徹底的に共有 / 意見交換する「民主的な」作品づくりを目指したという。ひとりの創造力の枠を超えた成果が見込める一方で、みんなで話し合いながら進めるというのは大変な作業である。会場ではスタッフからの意見 / 提案の一部が展示されているが、レポート用紙に手書きされた文章はどれも作品へ深い洞察と愛情がこもっており、見ているだけでキュンとなってしまった。監督や作家以外の創作メモの類が見られるのはちょっと珍しい機会なのではないだろうか。

あの人の姿も……現場の雰囲気が伝わってくる貴重な資料

会場風景より。カボチャの横の、スープを飲む少年に注目 / 『太陽の王子 ホルスの大冒険』 ©東映

もちろん高畑自身のノートなども見ることができる。スープを飲む少年(ホルス)のイラストの下には「ホルスは常に食べることが好きだ」と書かれているのだが、よく見ると「ホルス」の部分に取消線が引かれて「ハヤオは常に食べることが好きだ」となっている。これってもしかして、最年少の原画スタッフとして携わっていたという宮崎駿監督のこと?

会場風景 / 『太陽の王子 ホルスの大冒険』 ©東映

上の写真に写っているのは、作画監督の大塚康生がサイズ比較のために描いたキャクターの集合イラスト。しれっと、キャラクターたちに混ざって高畑勲、宮崎駿、大塚自身が描き込まれているので必見である。コマッタナーと座り込む宮崎駿や、睡眠時間を心配されている高畑勲、そこに「でもあたしこの人好きだわ」と声をかける女性キャラ(多分ヒルダ)など、当時の現場の雰囲気が伝わってくる真の意味での「集合イラスト」である。

会場風景 / 『太陽の王子 ホルスの大冒険』 ©東映

テンションシートと呼ばれる、ストーリーの全体イメージや緊張感、温度感をグラフ / 色で表した資料も。さらに人物ごとの相関図、バックボーン……途方もない時間と労力と知性がここに使われていることがわかる。このあたりは作品を見たことがあるかどうかで鑑賞の深まり具合が変わってくるので、是非とも、是非とも『太陽の王子 ホルスの大冒険』は履修した上で訪れることをおすすめする(一部動画配信サービスで見られます!)。

会場風景より。ブランコに乗って登場するヒルダ / 『太陽の王子 ホルスの大冒険』 ©東映

同作のヒロインでありもうひとりの主人公・ヒルダ。本展でも愛されており、特別にヒルダコーナーをもらっている。キャラクターデザインの別案(どれも可愛い)や、作画担当の森康二による水彩イラスト、声優キャスティング時の資料など、見どころが多い。二律背反の感情を抱いた複雑な表情が印象的なヒルダだが、ミステリアスかつ生々しいその表情は、悲しみの目に笑いの口元を組み合わせた「般若的表現」で構成されているのだと解説パネルで読んで、深く納得した。

また、企画段階から3年半、当初の予算のおよそ2倍の制作費を要した『太陽の王子 ホルスの大冒険』は、スケジュール遅延を理由に突然の制作中止が言い渡されたり、制作スタッフと会社側との度重なる闘争の末に完成した作品だったらしい。このコーナーの隅にひっそりと展示されている東映動画との交渉資料を見ると、制作中止か続行か、高畑と会社の間で胃が痛くなるようなギリギリのやり取りが展開されていたのがわかる。

RECOMMEND

NiEW’S PLAYLIST

編集部がオススメする音楽を随時更新中🆕

時代の機微に反応し、新しい選択肢を提示してくれるアーティストを紹介するプレイリスト「NiEW Best Music」。

有名無名やジャンル、国境を問わず、NiEW編集部がオススメする音楽を随時更新しています。

EVENTS