毎週土曜よる10時から放送中のテレビドラマ『3000万』(NHK総合)が、ついに最終回を迎える。
第1話から話題を集め続け、毎話、SNS上でも大盛り上がりの本作。ドラマの勢いそのままに駆け抜け続けた2ヶ月も、もうすぐ終わってしまう。
NHKで新たに立ち上げた脚本開発チーム「WDRプロジェクト」の第1作目でもある本作は、日本のドラマの今後を考える上でも、大きなベンチマークとなるだろう。
そんな『3000万』について、毎クール必ず20本以上は視聴するドラマウォッチャー・明日菜子がレビューする。
※本記事にはドラマの内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承下さい。
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「普通」の家族が絶望的な選択を重ねていくドラマ

人生は、選択の繰り返しだ。目の前にAとBの選択肢が現れて、どちらかを選ぶと、また新たなAとBが現れる。「より良いほう」を選んでいるつもりなのに、良くないものを手に取ってしまったり、判断を誤ったりすることもあるだろう。もし、その選択を間違えて、最悪な展開を招いてしまった場合、私たちは踏みとどまることができるのだろうか。
「ごく普通」だったはずの家族が絶望的な選択を重ねていくドラマ『3000万』(NHK総合)が、いよいよ最終回を迎える。主人公の祐子(安達祐実)と夫の義光(青木崇高)は、息子・純一(味元耀大)のピアノ発表会の帰り道、バイクに乗っていたソラ(森田想)と接触スレスレの事故を起こす。動揺する祐子たちを横目に、ソラは純一を乗せたままの車を奪って逃走を試みるが、運転操作を誤り衝突、意識不明の重体に。車に残されていた純一に怪我はなく、祐子と義光がほっと胸を撫で下ろしたのもつかの間、純一が現金3000万円の入ったソラの黒いバッグを持ち帰っていたことが発覚する。
その後の最悪な展開に至る前に踏みとどまるチャンスはいくつもあった。家族ぐるみで懇意にしている定年間近の刑事・奥島(野添義弘)は、事故に遭った後も祐子たちを常に気にかけていた。もし奥島にもっと早く相談していたら。あの時ソラを突き放していたら。そもそも純一が3000万円を持ち帰った時、手をつけずに警察へ届けていたら――。
判断力を失った夫婦を正しい道に引き返せなくさせたのは、拭いきれない将来への不安だ。祐子はコールセンターで働く派遣社員。元ミュージシャンの義光は、警備員として働いてはいるが、音楽への未練を捨てきれない。小学生の純一もまだまだ手が掛かる年齢だ。壊れたピアノで甲斐甲斐しく練習をつづける息子に、願わくは、新しいピアノも買ってあげたい。「もしかしたらバレずに3000万円が手に入るかもしれない」――そんな1%の希望にすがった結果、祐子たちは罪を重ねることになり、警察からもソラが属する犯罪グループからも追われる身となってしまったのである。
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「世界を席巻するドラマを作る」WDRプロジェクトの第1作目

さて、ドラマ『3000万』を語る上で忘れてはならないのが、NHKの脚本開発プロジェクト・WDR(Writers’ Development Room)だ。「世界を席巻するドラマを作る」をテーマに立ち上げられたWDRプロジェクトは、応募人数2025名の中から、さまざまなバックグラウンドを持つ10名を選抜。海外ドラマなどの研究を重ね、各々がプロットを書き、その中から選ばれた1作をチームで共同執筆する。こうして生まれたWDRプロジェクトの第1作目が『3000万』だ。本作は、原案を書いた弥重早希子の他、名嘉友美、山口智之、松井周の計4名が脚本を担当している。
「ある日突然3000万円もの大金を手にしたせいで、歯車が狂いはじめる」という筋書きだけを見ると、現実とはかけ離れた突飛な物語のように感じるかもしれない。しかし、最高潮にスリリングな物語の中で、『3000万』は「犯罪者は決して特別な存在ではない」と警鐘を鳴らしつづけている。罪を重ねていく祐子たちが、一見どこにでもいる「普通の人」として描かれているのも、このメッセージを強調するためだろう。
たとえば、全ての元凶となったソラ(森田想)。彼女の罪も断じて許されるものではないが、闇稼業に足を踏み入れた背景には、亡き祖母への想いがある。犯罪グループに3000万円を奪われたソラの祖母は、自責の念にかられ、自ら命を絶ってしまったのだ。大好きな祖母のために3000万円を取り返したい。そう簡単に得られる額ではないのは明らかだ。さらに第4話では、ソラの本名が「美姫」だと判明する。それは目の前にいる犯罪者が、自分が愛している息子と同じように、親から望まれて生まれてきた子供だということを、祐子が察するシーンでもあった。
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「普通」の人ばかりに見える犯罪グループ

祐子たちを震え上がらせた犯罪組織の指揮役・坂本(木原勝利)も同じだ。犯罪者ということを除けば(それが最大の問題ではあるが)、坂本の日常は驚くほどに「普通」なのである。むしろ勤勉な一面もあり、筋トレや写経に励み、アンガーマネジメントの研修に悪戦苦闘しながら、組織内での自分の在り方に悩んでいる。坂本が組織に入った詳しい経緯は明かされていないが、彼もまた根っからの悪人ではなく、些細な選択を誤っただけの人間なのかもしれない。
しかし一方で、「普通」の顔を装いながら善良な人々に忍び寄るのが、狡猾な現代の犯罪組織だ。3000万円の一部を使ったことが坂本たちにバレた祐子は、返済のために、強盗グループの情報収集――いわゆる「タタキ」の片棒を担ぐ羽目になる。恐る恐る現場を訪れてみると、電話をかける「かけ子」部門を取りまとめる末次(内田健司)は好青年風の見た目。ドーナツを差し入れてくれるなど親しげな態度を見せ、自由に休みを申請できる環境は、かつて祐子が働いていたコールセンターよりもむしろ好条件に思えてしまうのが皮肉だ。
さらに第7話のクライマックスでは、犯罪グループの頂点に立つと思われる黒幕が明らかになる。「犯罪者は決して特別な存在ではない」というメッセージを体現するかのように、思いもよらない人物が浮上するのだ。
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祐子と義光とソラと坂本の選択は「自己責任」なのか

もう一つ、『3000万』を見ていると「自己責任」というワードが頭をよぎる。たとえば、第7話。義光と口論になった祐子が「俺との生活がそんなに不満だった?」という義光からの問いかけに対し、こんなことをつぶやく。
「あなたと結婚するって決めたの私だから。自業自得」。
ミュージシャンとしての夢を追いかける義光との結婚生活。そして、3000万円にまつわる一連の出来事――これらは祐子自身の「自己責任」とも言えるのかもしれない。ソラや坂本が窮地に陥ったのも、すべて彼らが自ら選び、進んできた道の結果だ。
だが、それらをすべて「あなたの自己責任だから」と片付けてしまうことに、私はどうしてもわずかな抵抗を覚える。一個人に責任をすべて押し付けるには、この世界はあまりにも複雑で、ふとした瞬間に足元をすくわれる仕組みになってしまった気がするから。最初に3000万円を持ち帰ってしまった純一が「間違いを消したいのにやり方がわからない」とこぼしたように、彼らはただ間違いを消したかっただけではないだろうか。踏みとどまりたかったのに、踏みとどまる方法がわからなくなってしまっただけではないだろうか。それは、個人に背負わせるのではなく、社会全体で考えるべき問題のはずだ。
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間違えつづけてきた祐子たちの結末とは

「線超えちゃってる。ほら、白線超えちゃってるから。やり直し」
「ちょっと急いでて……ギリセーフ?」
第1話を見返すと、最初のシーンで、焦って車を停めた祐子が警備員に注意されていた。監視の目を盗んだ祐子は急いで純一のピアノ発表会に赴こうとするのだが、警備員に見つかり、車を停め直すハメになる。3000万円の一件も、こんなふうに引き返せたらどれだけ良かったか……。
本作は、散々、間違えつづけてきた祐子たちに、どんな結末を与えるのだろう。絶望か、それとも……。祐子たちの罪は簡単に許されるべきではない。きちんとした裁きを受け、相応の償いをすべきだと思う。けれど、その中になにかの救いがあってほしい。少しでもいいから光が射すエンディングであってほしいと、1%の可能性に望みを託す私がいる。同じ時代を生きる者の一人として、祐子たちの行く末をしっかりと見届けたい。
土曜ドラマ『3000万』

NHK総合にて毎週土曜よる10時から放送中
公式サイト:https://www.nhk.jp/p/ts/9L69M8XJVX/