“Espresso”で時代のアイコンへと駆け上がったサブリナ・カーペンター。その最新作『Man’s Best Friend』は、恋愛の失敗や未熟な男性像をテーマにしながら、笑いと皮肉を武器にする新しいポップフェミニズムの形を提示している。エンターテイナーとしての華やかさと、恋愛に翻弄される等身大の視点が同居する彼女の歌は、2020年代の女性ポップスター像を刷新する。
INDEX
フィメールアーティストの中でもとりわけ際立つ存在感
昨年、続くシングルヒットで大旋風を巻き起こしたペンシルベニア出身の26歳に、新しい音楽を出すまでに長い年月は必要なかった。アイコンの不在が続いた停滞期が終わった今、ポップミュージックを牽引しているのは多くのフィメールアーティストたちだが、彼女は中でも最も存在感を放つ人物として挙げられる。1970年代のピンナップガール風美意識で官能的かつ皮肉的なジョークを歌詞で連発しまくる若手歌手という路線で挑み、“Espresso”や“Please Please Please”の連続ヒットにより、彼女は一気にスターダムの階段を駆け上がった。
しかし、現在のフェノメノンを生み出すまで、約10年間凌いだ歌手でもある。ディズニー傘下であるハリウッドレコードの下、計4枚のアルバムを作ったが2019年に契約を終了。そしてアイランドレコード移籍後、5作目『emails i can’t send fwd:』(2021年)では、シザのソングライティングを取り込んだとも言える失恋の歌詞により、ティーンエイジャーの心を鷲掴んだ(今のところ彼女のカタログの中で最も内省的な作品)。
前作のデラックス盤から半年しか経っていないというのに、彼女の恋愛ネタ帳にはまだ、ヒットの原石が眠っていたようである。今作『Man’s Best Friend』は明瞭な言い方をすると、彼女を取り巻く未熟な男性たちについてであり、もしくは、彼らとどうしても縁を切れない彼女自身についての物語だ。「どうしてセクシーなのに、間抜けなの? / どうやって生きてきたの?」(“Manchild”)と、1曲目からカーペンター節が炸裂する。滑稽なのは、自責的な意識もある点だ。「私が彼らを選んでるんじゃない。彼らが私を選んでるの」。
“Tears”の最初にこぼれるハミングから漂うノワールムードは彼女を1975年のホラー映画の世界に連れ込み、夜のパーティが開幕する。さすがは筋金入りの元シットコム子役。MVでは俳優のコールマン・ドミンゴと豪華なダンスを繰り広げ、チャーミングな演技を披露している。楽曲自体では、責任感のある男性に興奮するとコーラスで歌うのだが、これもウィッティに聞こえるのが彼女の特徴だ。ちなみに、その男性像というのは雑な説明書しかなくてもIKEAの家具を組み立てられるような人らしく、このように要所要所でリスナーを笑わせにくる。このような歌詞がポップスとして万人受けしているのは、ヴィブラートが響く優美なヴォーカルが大きく貢献していることは間違いない。
INDEX
制作陣の功績にも注目
制作陣の功績を言及せずに今作を評することは難しいだろう。サウンドの裏にいるのは、5作目の制作から携わっているプロデューサー、ジャック・アントノフとジョン・ライアン、作詞家のエイミー・アレンだ。カーペンター自身、前作同様彼らとの制作はまるでバンドのようで、この時間がずっと続いて欲しいと思ったほど、純粋に楽しい経験だったようだ。
前作リリース直後に今作を制作したということもあってか、シンセポップとカントリーが融合した音像は、リスナーには耳馴染みがある部分もあるが、そこはポップミュージックの名人たちの腕のみせどころ。“Sugar Talking”はソウルとポップが溶け込みあう楽曲で、前作の“Bed Chem”的な立ち位置と筆者は捉えている。続く“We Almost Broke Up Again Last Night”は、アコースティックギターやストリングスの静かな響きと、コーラスの盛り上がりが交互に繰り返され、別れと復縁を繰り返していたアイルランド人俳優との関係を反映しているかのようである。