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数年の沈黙を経て活動再開した重要アーティストたち
キムラ:僕が上半期注目したのは、しばらく沈黙していて最近また動き出した2組のアーティストです。ひとりはフォー・ゾーズ・アイ・ラブ(For Those I Love)で、5月に“Of The Sorrows”というシングルを出しています。前作は2021年のセルフタイトルアルバムで、亡くなってしまった幼少期からの親友に捧げた作品なんですね。フォー・ゾーズ・アイ・ラブ自体がそのために立ち上げたプロジェクトでもあったので、新しく曲を出すことはおそらくないだろうと思われていたんです。
キムラ:その彼が突然新曲をリリースして、それが故郷であるダブリンの苦境について歌っている歌なんです。ダブリンに住む若者たちが、経済的な苦境で故郷を去ることを余儀なくされる社会状況にある。決してこの街から離れたくないという気持ちと、それでも離れなければならないという、引き裂かれた感情、悲痛さを、スポークンワードによって訴えかける作品です。曲の後半からは、アイルランドの伝統的なケルトの楽器の音が入ってきたりして。
風間:ブラジル音楽の「サウダージ」という概念はよく「故郷に戻れない感覚」と説明されますし、それを歌うアーティストは多いんですけど、「故郷を離れなければならない」ことについての歌はいままであまりなかったかもしれませんね。
キムラ:そうですね。
風間:ダニー・ブラウン(Danny Brown)が一昨年にカッサ・オーバーオール(Kassa Overall)と一緒にやった曲(“Jenn’s Terrific Vacation”)が、ジェントリフィケーションに関する内容でしたよね。故郷の景色が変わってしまう不安を扱っていて。ジェントリフィケーションはいま大きな社会課題ですし、もしかしたらこれからもっと、私たちがあまり触れたことがないシリアスさを持って歌われる題材になっていくのかもしれません。不幸なことですけど。
キムラ:もうひとりはフランシス・アンド・ザ・ライツ(Francis and the Lights)ですね。カニエ・ウエストとかチャンス・ザ・ラッパー、ドレイクとか、ここ10年は名だたるアーティストの作品に参加していた人なんですけど、コロナ禍以降はほとんど活動がなくて、まさにそのカッサ・オーバオールのアルバムに若干参加していたくらいだったのが、今年の3月に急にYouTubeに新曲が上がりました(“Ancient Calling (Stubborn Visions)”)。
風間:そうなんですね! 出てたの知らなかったです。
キムラ:それがピアノの弾き語りで、作家としての孤独とわずかな光への祈りを歌うような曲なんです。ちょっと最近の星野源とも重なるテーマですが。この二人がまた動き出したというのは、個人的には大きな事件でした。フランシス・アンド・ザ・ライツはストリーミングにないので、なかなか気づかれにくいんですけど、非常に重要な作家だし、これからも重要な存在だと思います。
風間:彼はプリズマイザーというエフェクトを発明した人で、それが日本でも浸透しましたよね。この前出た千葉雄喜のアルバム(『永遠』)にもガンガン使われていましたし、米津玄師も“海の幽霊”で使ってたり。大発明だったと思いますし、もしかしたら楽曲以上に大きな功績ですよね。