早いもので、2025年ももう残すところ半分。NiEWでは、上半期に生まれたさまざまな音楽作品やシーンの動向を振り返るべく、座談会を実施しました。
参加してくれたのは、Podcast『コンテンツ過剰接続』のホストで、幅広くポップミュージックを観測し続けるキムラ。国内インディや、ブラジルをはじめ英米以外の各国の音楽に詳しい風間一慶。DJとしても活動し、国内外のインディペンデントなクラブミュージックに精通した松島広人(NordOst)。守備範囲の異なる若手音楽ライター3人に、音楽ファンにはおなじみの作品から、まだあまり知られていないアーティストまで、それぞれが気になった音楽を語り尽くしてもらいました。
音楽通のあなたもきっと、読めば未知の音楽と出会えるはず。良い出会いがあれば幸いです。
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私性のにじませ方が絶妙だった星野源『Gen』
キムラ:去年はビヨンセ、アリアナ・グランデ、テイラー・スウィフト、ビリー・アイリッシュ、ケンドリック・ラマーとビッグネームが次々にアルバムを出した年でしたけど、2025年はビッグネームの動きがそこまで活発ではないですよね。全体的にまだ去年の余波の中にいる感覚というか、2025年ってどんな年なんだろうというムードをまだつかみきれていない感じはあります。
—ビッグタイトルはレディー・ガガ『Mayhem』、国内だと星野源のアルバムもありました。
キムラ:星野源の『Gen』は良かったですね。彼は日頃からラジオなどを通して世界各国のさまざまな音楽を紹介していますが、『Gen』にはそんな彼の紹介者としての側面、リスナーとしての趣味みたいなものが感じられる。J-POPとして、大衆からの要請に応えているアルバムであると同時に、すごく私的な動機や感情も伺える作品だと思いました。1人のアーティストのインディペンデントな作品として楽しむことができました。
松島:僕は正直メインストリームの作品をあんまりたくさん聴けているわけではないんですが、メインストリームで私小説的な作品って、近年そんなになかったような印象があります。そういう作りのものがここまで広い人に受け入れられるのは、珍しい動きなんじゃないかな。
キムラ:確かに日本のメインシーンに、作家の私的な感情を吐露するような作品がようやく出てきたという感じはしますね。海外だとテイラー・スウィフトが去年出したアルバムとかは、彼女のファンダムにしかわからないくらいの私的なリリックがあったり、それこそケンドリック・ラマーとドレイクのビーフだって、互いの私的な領域を積極的にリリックへと落とし込んでいく行為の連鎖であったわけですが。
松島:ああ、それはそうですね。
風間:内輪向けの表現にはしていないところが、星野源は偉いと思いましたね。ヒップホップのビーフでも、Instagramのストーリーを見てないとわからないとか、6年前にこういうアルバムが出ていることを踏まえている、等あると思うんですけど、星野源はそういうことをしていなくて。
松島:なるほど。
風間:イースターエッグを入れて内輪で囲い込むんじゃなくて、少しふんわりとした言葉で個人的なことや時代性をにじませるやり方が、すごく上手いなと思いました。例えば曲の中で『オールナイトニッポン』のネタとか言われたら、めちゃくちゃ冷めると思うんですよ。
キムラ:うん、うん。そうですね。
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オーバーグラウンドとアンダーグラウンドの接続
風間:5月に出た川島明のアルバム(『アメノヒ』)にも、同じことを感じました。『ラヴィット!』のネタとか入れたらぜったい喜ばれるのに、入れてこないのがすごい。藤井隆プロデュースで、She Her Her HersやLe Makeupが楽曲提供してるんですけど。
松島:Le Makeupさんがそこに参加しているのにはびっくりしたんですけど、広く受け入れられるべきアーティストではありますよね。
風間:たしかにLe Makeupの起用が一番びっくりしました。曲もアレンジもかなりそのままLe Makeupで。
松島:今年の上半期は、オーバーグラウンドとアンダーグラウンドの垣根がなくなって、少しずつ接続されてきている感覚もありましたね。インディペンデント性を保ちながらメインストリームな表現もできるし、インディの中にも決して内輪や自己完結的ではないソングライティングができる人もいるのが、ようやく伝わり始めてるのかな、と。
—Peterparker69と野田洋次郎のコラボレーション(“Hey phone”)もありましたし。
松島:そうですね。Peterparker69は「普遍的なポップスを目指してるんだけど、自分たちがいいと思うことをやろうとすると、どうしても変則的な形になっちゃう」ということ前々から言っていて。売れるためにそこをオミットしていくのか、そのままでいくのか、という問いがあると思うんですけど、あのリリースでは「そのままでもどこまでも上を目指せるぞ」というのを、提示しようとしているんじゃないかなって思いましたね。
キムラ:その話で言うと、ニーナジラーチ(Ninajirachi)というDJ / プロデューサーが、櫻坂46のリミックス企画に参加したんですよね( 『Addiction』収録の“承認欲求 -Ninajirachi Remix-”)。『ロラパルーザ』や『EDC』などの大型フェスにも出演している人なので、そこまでアンダーグラウンドでもないんですけど……とはいえ日本ではまだそこまで知られていない新進気鋭のプロデューサーを櫻坂46と接続する仕掛けは、メインストリーム側の動きとして面白いと思いました。
松島:架け橋的な動きでいうと、LDHのガールズグループF5veとかもそうですよね。
キムラ:はい。プロデューサーや客演にケシャ(Kesha)とかA.G.クックを起用してますよね。
松島:caroline『caroline 2』はどうでした? Rolling Stone Japanのインタビューを読んだらダリアコア(=2020年以降に流行しているサンプリング音楽の1ジャンル)の話が出てきて、そういうところから影響を受けてああいう音楽を作っているのは面白いなと思って。
風間:確かにそうですね。
松島:バンド的なフォームにこだわる人もそういうところから影響を受けるし、逆に、ダリアコアの提唱者でもあるジェーン・リムーバー(Jane Remover)なんかはインディーロックから強い影響を受けている。やっぱりいろんなところの境界線が曖昧になっている感じはしますよね。
風間:そういった、ジャンルや人脈をまたぐ存在がいると、両方を聴く人が増えるし、良いですよね。国内だとCwondoさんがそういう存在ですよね。いろんなところで活躍していて。(Cwondoがギター / ボーカルを努める)No Busesの今年のアルバム(『NB2』)もちゃんとそこをつなぐような内容でした。
松島:ああ、すごいですよね。リスペクトしてます。Cwondoさんは実際、小さなクラブでもよく会いますからね。ここにもいる! みたいな(笑)。Cwondoさんと近いところで活動してるvqというアーティストがいて、最近teleにリミックスを提供したりしているんですけど(配信EP『「硝子の線』に収録)、彼もCwondoさんと感応して変わっていっているように見えます。
風間:確かにそういう感じがします。
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垣根を超えたメイ・シモネス、貫いている野口文
風間:自分が聴いているものの中で、上半期で一番その垣根というか、「この辺の人たちはこれを聴いてるけどこれは聴いてない」というトライブを超えてきたなと思うのが、メイ・シモネス(Mei Semones)です。
松島:はい、はい。
風間:ブルックリンにいる24歳のシンガーソングライターで、5月に『Animaru』というアルバムが出たんですけど、僕の周りでもトライブを飛び出して支持されている感じがあります。ボサノバの弾き語りで知られた人なんですけど、インディーロックの人たちと一緒にずっとツアーをしてたりして。
—来年、Men I Trustのサポートとして来日することも発表されましたね。
風間:お母さんが日本人で、日本語と英語で歌ってるんです。自分でも自分の音楽をJ-POPと言っていて。
キムラ:星野源もラジオで紹介してましたよね。
風間:その影響ですごく認知が広がった感じもありますね。あと、反対にインプットがすごく狭くて、「これしか聴いてません」みたいな人の存在にも、それはそれでテンションが上がるところがあって。びっくりしたのは、2月に『藤子』というアルバムを出した野口文がインタビューで「ジョン・コルトレーンの『A Love Supreme』とストラヴィンスキーだけ聴いてます」みたいなことを言っていて、めちゃくちゃかっこいいなと思ったんです。
松島:貫いてますねえ。
風間:ジャズの要素と宅録の要素がある作品なんですけど、それをやるなら意識してしまいそうな、例えば長谷川白紙や、Suchmosフォロワー的なバンドを本当に聴いてきてなさそうなんです。時代性がないっていうか。たしかスマホも持ってないと聞きました。
キムラ:野口文からは若干の石橋英子っぽさを感じました。日本でああいうコンテンポラリーなジャズっぽい感じに特化していくアーティストって少ないですよね。もう少しマキシマムに、または極めて実験的なサウンドアプローチへと変容していくケースが多いと思うんですけど、野口文はソリッドだしシンプル。職人的とも思います。
風間:まさに8月に、野口文さんの自主企画で、石橋さんと2マンライブをやりますよね。