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世界を揺るがすKNEECAPは民族ファーストの過激派か、新世代ポップアイコンか?

2025.8.2

#MOVIE

ポスト・トラブルズの語り部たちーーKNEECAPとは何者か

オートフィクション映画のシャワーカーテンを引くのが下品だとわかっていても、その内側を覗き見たくなってしまうーーそれがKNEECAPの魅力だ。KNEECAPは2017年結成。モ・カラ、モグリー・バップ、DJプロヴィは雑に括れば3人ともミレニアル世代だが、彼らのうちモ・カラ(26歳)とモグリー(31歳)はカトリックの多い西ベルファスト出身でCeasefire babies(日本語では「停戦ベビー」の意)と呼ばれるベルファスト合意前後に生まれた世代。モ・カラは地元のパブ「Maddens」で働いていた。DJプロヴィはデリー出身で、モ・カラより一周りほど年上の37歳。劇中でも描かれたようにDJプロヴィはアイルランド語教師の経験が9年あり、1年生から7年生(日本の小学校教育に相当)を担当していた経歴を持つ。3人ともアイルランド語を話せるが、ゲールスコイル(アイルランド語の小学校)に通い、ネイティブとして育ったのはモグリー・バップだけ。DJプロヴィは北アイルランド紛争の記憶を鮮明に持ち、巨大なライフルを持って街中を歩くブリテン軍を今でも覚えているそうだ。

映画『KNEECAP/ニーキャップ』場面写真

映画の中では警察署でアイルランド語を話すモ・カラの通訳としてDJプロヴィが抜擢されるが、実際にはモ・カラの友人が警察署に通訳として駆けつけた。3人が知り合ったのはモグリーがオーガナイザーの一人で、DJプロヴィがパネラーで、モ・カラがボランティアで参加したベルファストのアイルランド語文化フェスティバル。初めて音楽制作をしたのはガレージではなく屋根裏部屋で、使用したのはAppleのGarageBand。映画出演にあたっては6週間の演技レッスンも受けている。それでも、モ・カラがドラッグを売って捕まったこと、DJプロヴィが「Brits out」と書かれた尻をステージで丸出しにして教師をクビになったこと、薬物を助長するとしてRTÉ(アイルランド放送協会)のアイルランド語専門ラジオRnaGで”C.E.A.R.T.A.”(2017年)が放送禁止となったことは事実だ。

映画『KNEECAP/ニーキャップ』場面写真

彼らの人気を決定づけたのは2024年リリースのセカンドアルバム『Fine Art』である。アイルランド国内での立ち位置としてはビリー・アイリッシュやタイラー・ザ・クリエイター、サブリナ・カーペンターらと並ぶアリーナクラス。ライブやデモを見る限り彼らのファン層は、White Foxのフーディーを着るα世代の少女でも、テクノリバタリアンとポピュリズム政党に失望するZ世代でもなく、倫理観とモラルの針で作られたコンパスのみを持ち歩いた結果袋小路に嵌った、リベラルに対してなけなしの希望を未だ抱くミレニアル世代と正気な中道が中心に思える。

また、彼らを支えるマネージャーのダニエル・ランバートも重要な存在だ。KNEECAPとの出会いは2018年か2019年、ベルファストのパブである。彼らはビジネスパートナーになるより先に友達になった。ダブリンにある地元密着カフェ「Bang Bang」のオーナーであり、アイルランド最古のフットボールクラブ・ボヘミアンFCのCOOでもある彼は傑出したビジネス才覚とコネクションを持ち、たとえばアーティスト(Oasis、Fontaines D.C.、Thin Lizzyなど)とコラボし、ユニフォームをモグリーに着せ、ボヘミアンFCのグッズ収益を2015年以降4桁(2000%)も増加させている。

「いやいや、Bang Bangを実質的に経営してるのは妹のグレースなんだ。彼は忙しいからさ」。そう言いながら、温かいチャバッタを私に提供してくれたのは、Bang Bangで働くCiaranである。店の壁は親パレスチナを示すステッカーやフライヤー、社会主義やパンクのZineで埋め尽くされ、ダブリン滞在中の私の目はハエのように店中を泳いでから彼に留まった。「でもときどき彼もコーヒーを飲みにくるよ。KNEECAPもね。はじめて会ったのは6年前かな。ここで小さいショーをしたことがあって、そのときに彼らのことを知ったんだ。客は30人ぐらいで、今でも映像がYouTubeに残ってるよ」。

オープン当初から働いているCiaran。赤煉瓦のタウンハウス群に佇むBang Bangがどれほど地元の人々に愛されているかは、カフェのInstagramのポストを見れば一目瞭然だ
壁にはKNEECAPのリリックとサインも。今ではファンにとっての秘密基地になりつつある

彼らの音楽を知らなくても、ソーシャルメディアでドゥームスクロールしていれば一度は彼らの話題がタイムラインに上ったはずだ。2025年春の『コーチェラ』以降の目立ったトピックを時系列順に見ていこう。

・4月18日、二週目のコーチェラ。一週目ではなぜかスクリーンに表示されなかった「Israel is committing genocide against the Palestinian people」などイスラエル批判のメッセージが映し出される

・4月22日、オジー・オズボーンの妻であるシャロン・オズボーンがKNEECAPを猛批判。US公演のためのビザの取り消しを求めるが、彼女の激怒がミームになったおかげでKNEECAPのYouTube再生数が増加

・4月23日、バイラルしていた2024年11月のロンドン公演の映像(英国法で禁止されているレバノンの組織ヒズボラの旗を掲げたとされる)により対テロ警察が調査開始

・4月30日、バイラルしていたもう一つの動画(2023年11月のライブで国会議員を罵っていたとされる)によりドイツのフェス出演が2つキャンセル

・5月1日、KNEECAPを支持する100人以上のアーティストが公開書簡を発表。ポール・ウェラーやプライマル・スクリーム、パルプ、Fontaines D.C.らの名前も

・5月30日、警察の介入により、グラスゴーの TRNSMTフェス出演がキャンセル

・6月18日、ウェストミンスター地方裁判所にテロ容疑で起訴されたモ・カラが出廷。おそらくジョークだろうが、KNEECAPのマネージャーによると「アイルランド語で話すモ・カラのために通訳を探そうとした判事が「もし誰か知っていたら、」と傍聴席に声をかけると、全員が一斉にそこにいたDJプロヴィを指差して爆笑した」とのこと。これは映画冒頭でモ・カラとDJプロヴィが出会うシーンと重なる

・6月21日、パンクやポスト・パンクに慣れ親しんできたはずのイギリスのスターマー首相がKNEECAPの『グラストンベリー』出演は「適切でない」と発言。それに対してKNEECAPはソーシャルメディア上で、「武器提供してジェノサイドに加担してるほうが、適切でない」とコメント

・6月26日、パレスチナへの支援を求めるビデオ『See it. Say it. Censored』を公開

・6月28日、『グラストンベリー』に出演。パレスチナ国旗はもちろん、民族独立を目指すカタルーニャの旗や、ベルファストが属するアルスター地方の旗、レバノンの旗、イギリス連邦加盟国のシエラレオネの旗などが掲げられた

・6月29日、2023年11月の件に関しては正式にモ・カラへの容疑が取り下げられる

・7月11日、ロンドンの地下鉄において、9月に開催されるウェンブリー・アリーナでのライブ告知の広告掲示が禁止になる

・7月24日、ハンガリー政府から「反ユダヤ的ヘイトスピーチ」を理由に3年間ハンガリー入国が禁止に。『Sziget festival』への参加がキャンセルに

・8月20日に2024年11月の件で再び出廷する予定

KNEECAPやFontaines D.C.にここまで支持が集まるのは、アイルランド島がパレスチナに似た宗教戦争と侵略併合を800年も経験してきた当事者性があるからだ。アイルランドはユーロ圏で最も親パレスチナであり、1980年にEUの中ではじめてパレスチナの独立支持を表明した国でもある。ベルファストには自分たちを今でも支配してくるイングランドをイスラエルと見なすグラフィティがあり、ソーシャルメディアでは下記の画像が出回った。

イングランドをイスラエルと見なすグラフィティ(映画『KNEECAP/ニーキャップ』場面写真)

パレスチナの歴史をアイルランドに置き換えた写真

とはいえ、KNEECAPが清廉潔白の聖人君子かというと決してそういうわけではない。2024年、イングランドのブライトンで開催された『The Great Escape』というフェスで起こったボイコット事件。全出演アクトの25%にのぼる100組以上が、イスラエル支持のバークレイズ証券株式会社に反対を表明するために出演をキャンセルしたが、KNEECAPは出演を決めた。「俺たちの生活はライブの収益に依存してる。いずれ何らかの形でこういう(バークレイのような)企業とつながってしまう」とNMEのインタビューでモグリーは語っている。「お金があれば全部ボイコットして、家にこもって一日中ツイートするのが理想だけどさ」。

自身を労働者階級だと見なす彼ら。「俺たちは(ジェイムズ)ジョイス(※)になりたいわけじゃない。ただ楽しんでやって客にも楽しんでもらいたいだけだ」とYouTubeで純粋さをアピールするモ・カラは劇中で大量のドラッグを摂取し、撒き散らしているが、かといってそれらは彼らが粗野だという証明にはならない。むしろ意図してアイルランド語を選び取り、アイルランド語のルネサンスを狙い、国家の首相から警戒されるほど強くパレスチナ支持を打ち出し、見事世界中のメディアとオーディエンスをスクリーンに釘付けにさせた彼らは明らかにストリートスマートだ。特にモ・カラは恐れ知らずで口が達者である。

※ジェイムズ・ジョイス=『ダブリン市民』(1914年)、『若き芸術家の肖像』(1916年)などを手がけた、20世紀の最も重要な作家の1人と評価されるアイルランド出身の小説家、詩人。

「アメリカ軍がスポンサーだった『SXSW』はさすがにボイコットした。でもフェスティバルをボイコットして、お金を失い、プラットフォームから降りたって、誰も気にしないんだ。パレスチナの人にも会ったことがあるけど、彼らもアーティストに負担がかかるのは不公平だと言っていた」。

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