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『近畿地方のある場所について』白石監督と原作者背筋に聞く、観る怖さと読む怖さ

2025.8.8

#MOVIE

2023年、Web小説サイト「カクヨム」に投稿され爆発的人気となった小説『近畿地方のある場所について』が、ついに映画化された。

累計2300万PV、発行部数70万部の「現代の都市伝説」というべき物語を託されたのは、『コワすぎ!』シリーズや『貞子vs伽椰子』などで知られる鬼才・白石晃士監督。さらに、白石作品の大ファンを公言する原作者・背筋が脚本協力として加わった。

「映像化は困難だと思った」と告白する白石は、いかにして文字表現の恐怖を映像へ翻訳したのか。さまざまな手法を駆使して原作の語りを再構築した映画版、その影響を受けて執筆された「もはや新作」という文庫版――多層的に展開される「恐怖のリミックス」の裏側を2人にじっくりと聞いた。

原作者にも再発見や新鮮な驚きがあった映画版

―『近畿地方のある場所について』を映像化する上で、白石監督はどこに作品の軸を見出したのでしょうか?

白石:とにかく原作が文字表現ならではの面白さなので、これを映像に変換するのは相当考え抜かなければいけないと思いました。原作を読んでいるときの感触を映画でも感じてもらうには、ドキュメント的な手触りが絶対に必要。さまざまな文章を通じて情報が入っていく過程を映像で見せなければいけないと思ったんです。

白石晃士(しらいし こうじ)
映画監督・脚本家。代表作に『ノロイ』(2005年)、『口裂け女』(2007年)、『オカルト』『グロテスク』(2009年)、ビデオシリーズ『戦慄怪奇ファイル コワすぎ!』(2012年〜)、『ある優しき殺人者の記録』(2014年)、『貞子vs伽椰子』(2016年)、『不能犯』(2018年)、『オカルトの森へようこそ THE MOVIE』『愛してる!』(2022年)、『戦慄怪奇ワールド コワすぎ!』(2023年)、『サユリ』(2024年)、配信ドラマ『外道の歌』(2024年)などがある。

―脚本の開発にはどれぐらい時間がかかったのでしょうか。

白石:話し合いを始めたのは、単行本が発売される(2023年8月)よりも少し前ですね。日本テレビが権利を獲得していたので、どんな方向性でやるかという打ち合わせをしました。全編フェイクドキュメンタリーでやる案もあったし、全編劇映画の案もあったし、まったく別の物語にして、原作と同じく「本当にあった話」として観客を騙す案もあったんですよ。

―最終的に、フェイクドキュメンタリーと劇映画を融合する形になったのはなぜですか?

白石:全国公開の映画なので、POVスタイル(※)で全編やるにしても主役はスターが演じることになります。しかし、それだと「この人が演じている」という違和感が生じやすい。そこで全体を劇映画にして、その主人公をスターが演じ、彼らが見る映像素材という形でPOVスタイルの映像を登場させることにしました。これなら原作の感触を残しつつも、劇映画として広く見てもらえる作品になるだろうと。

※POV:Point of Viewの略。主人公の主観視点で構成する映像手法のこと。

―背筋さんは脚本作業にどの段階から参加されたのでしょうか。

背筋:かなり後からですね。世界観などはいったんお任せしていたので、先にガッツリと作っていただいてから脚本を見せていただきました。

背筋(せすじ)
ホラー作家。小説投稿サイト「カクヨム」に掲載した『近畿地方のある場所について』がネットで話題となり、2023年にKADOKAWAより書籍化されデビュー。同作は「このホラーがすごい!2024年版」(宝島社)国内編第1位を獲得。近著に『聖地巡礼について』(KADOKAWA)、『口に関するアンケート』(ポプラ社)がある。

白石:脚本ができあがってきて、「これなら背筋さんにお見せしても大丈夫」というタイミングで何度か見ていただきました。時には打ち合わせをして意見をいただいたんです。

―原作では多様なエピソードがさまざまな文体で描かれています。具体的にどの内容を取り入れ、いかに撮るかという判断も重要だったのではないでしょうか。

白石:原作の情報量をそのまま入れることはできないので、まずは映像にしやすいエピソードをチョイスして、全体の構成を見ながらブラッシュアップしていきました。あとはリアリティのある設定や撮り方を考え、それぞれを突き詰めていった感じ。これまでPOVスタイルの映像をたくさん撮ってきた知見をなるべく活かして撮りました。

背筋:すごかったですよ。いったん脚本のやり取りが終わったかなと思った後も、監督から新しい脚本が次々と上がってきて、最終的には17稿くらいまで。どんどん作品がブラッシュアップされていって、すさまじい執念を見た思いでした。

―映画では原作のエピソードがあらゆる手法で再現されています。背筋さんは映画をご覧になって、ご自身のイメージとの違いや、驚いたところはありましたか?

背筋:イメージとは違うところばかりでした(笑)。だけどそれこそが映画にする意味、白石監督が撮ってくださる意味なので本当に嬉しかったですね。原作者でありつつも、一人のファンとして「この人物はこんな人だったんだ」と再発見したり、「この演出はこうなるのか」と驚いたりと新鮮に楽しみました。

―ちなみに、特にお気に入りのエピソードは?

背筋:一番怖かったのは、「あるもの」が窓の外に立っているのをスマホで撮影しているところ。単純に「おもしろい!」と思ったのは、「首吊り屋敷」と呼ばれる廃墟に配信者が突撃するシーンです。

―ニコニコ生配信という設定も含めて絶妙なリアリティでした。撮影ではどんな工夫をされましたか?

白石:当時のニコニコ生配信の突撃系だと、パソコンのインカメラで自撮りすることが多かったんですけど、本作ではアレンジしてカメラをノートパソコンに取り付けて、自分を映したり、反対側に向けたりして、撮影の自由度を上げています。ちょっと画質も悪くしたかったので、最初はウェブカメラで撮影しようとしていました。だけど結局、後処理で調整できるようにCCDカメラで撮った映像の画質を劣化させて、配信を誰かが録画していたような映像にしたんです。

背筋:あっ、あれはPCを持っているってことなんですね。初めて知りました(笑)。 私も気づいていないところがまだあるかもしれませんね。

白石:そうなんです。まあ、そこはなんとなく感じてもらえればいいんですよね。本当にパソコンで撮っている感じにはなかなかできないんですよ。自分の撮影している全身の姿を撮れないので。

Vlogに昔のテレビ番組……多様なカメラで再現された映像テクスチャ

―配信者という意味では、劇中にはVlogの映像も出てきますよね。

白石:VlogはヘルメットのCCDカメラで撮っているだろうということで、かなり広角で撮っています。デジタルデータなので画質も劣化していないはずだから、かなりクリアな映像にしました。ノイズもデジタルのブロックノイズ風にして差別化しています。

背筋:合計で何種類くらいのカメラが使われているんですか?

白石:本当にたくさん使っています。画質の違いが出るように、撮影部にカメラをいろいろ選んでもらって。昔のテレビ番組の映像でいえば、本当はENGカメラという、肩に乗せるでっかいテレビカメラがあるんですが、使える機材がもう残っていない。そこでソニーのVX-1000やVX-2000という、DVカメラ創成期の一番いい民生機を使ったんですが、機材の不調で一日ぶんの撮影素材が真っ黒になってしまった(笑)。だからDVカメラの映像をデジタルで出力し、別の収録機材に録画しながら撮っているんです。女子高生のシーンや、団地で子どもたちが遊ぶ場面も同じやり方で。

背筋:ものすごく手が込んでいるんですね……。

白石:今回、いろんな年代や種類のPOVを多岐にわたって撮れたのは新しい挑戦でした。これは予算がないとできない(笑)。

瀬野千紘(菅野美穂 / 右)と小沢悠生(赤楚衛二 / 左)。原作がさまざまな文字メディアを横断して展開するのと同様に、映画にはさまざまな時代・質感の映像が登場する / ©️2025「近畿地方のある場所について」製作委員会

―林間学校の集団ヒステリー映像も、かなり古い印象ですよね。

白石:あそこもデジタルカメラですが、ぼわっとした質感が出るようにまた別のカメラを使っています。林間学校に帯同した業者のカメラマンが偶然ビデオカメラを回していて、恐ろしい出来事を捉えてしまったという体なので、プロの映像ではあるけれどもちょっと慌てている。撮影者本人は画面に映りませんが、キャラクターの気持ちに沿った撮り方をしつつ、起きている現象をたまたま撮れているというものを自然に見せていくわけです。

―昔のテレビ番組の再現映像はまた作り方が違うのでしょうか?

白石:そうですね。テレビ番組はサンプルとして使える昔の映像が残っているので、そこになるべく寄せていきました。撮り方やカットの割り方、編集の仕方、ナレーションの入り方、音楽のテイスト……。それからテロップも、実際の映像を見せて「こんなふうに白くにじんだ感じにしてください」と。時報のフォントも、昔はブラウン管のせいか、それとも信号のせいなのか変に歪んでいて。「8」のバランスが悪いとか「0」がやけに小さいとか、そういうところもこだわって再現しています。

―現代はスマートフォンで誰でもクリアな映像を撮れるので、昔のようなノイジーな映像に「なにか」が映り込んでいる、といった表現が成立しにくくなっているのかな? と感じます。テクノロジーの進化が、かえって恐怖演出を難しくしている面もありますか? 

白石:映画だと粗い質感を出せるので、特に怖い映像が作りにくくなったような印象はないですね。画質の話で言えば、実は劇映画のパートでもちょっとだけ粒子を足していて。

背筋:へえ!

白石:個人的には、テクノロジーが発達したぶん、脚本や芝居のほうが大変になったと感じています。どこでも携帯電話を使えるし、簡単に映像を撮ったり録音したりできるので、危機的状況やサスペンスを作りづらい。車ひとつとっても、ドアが自動で閉まるし、シートベルトをしないとブザーが鳴るし(笑)。

背筋:今回の映画でも、ブレーキが自動でかかると困るところがありますよね(笑)。

白石:そう、自動運転だとまずい(笑)。

背筋:だけど、それはホラーに限らず、作り手の誰もが直面している問題だと思うんです。ピンチに陥ったとき、だいたい「通報しろよ」とか「スマホ使えよ」って思われてしまう……。とはいえ原作小説の『近畿地方のある場所について』の場合は、幽霊がインターネット掲示板に書き込んでくるし、なんなら直接連絡してくる(笑)。幽霊がテクノロジーをねじ伏せているような気がしますね。

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