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演技未経験の障がい当事者と、手話文化を根底から学んだ俳優が「溶け合う」
なるべく当事者をキャスティングするよう心がけたというが、ソフィー役のジョン・シュッイン、チーソン役のネオ・ヤウは健常者だ。シュッインが手話を少し話すことができ、当事者の文化に通じていたことと、ヤウの演技と仕事ぶりにウォン監督が大きな信頼を寄せていたことが起用の決め手だった。
アラン役のマルコ・ンは当事者だが、演技経験のほとんどない新人。したがって、3人それぞれが作品に必要な条件を獲得するため、数ヶ月にわたる特訓を重ねた。健常者の2人は、ただ手話を話すだけでなく当事者の文化や考え方を根底から理解すること。聴覚障がいをもつンも、役柄に応じた手話のレベルとスタイルを身につけながら、脚本の読み方や演技のしかたをゼロから学んでいった。
映画を観て驚くのは、そうした背景や苦労を感じさせないほど、3人の物語がみずみずしく伝わってくることだ。劇中でそれぞれ異なる3人の世界が溶け合ってゆくように、きっと製作現場でも俳優3人をとりまく世界が混じり合ったのだろう。当事者の世界はこんな感じなのかもしれない……と思わせる緻密な音響効果もあいまって、観る者は登場人物それぞれの世界に没入するような感覚を味わえる。もしかすると、それは劇映画というフィクションメディアにしかできない体験のありようかもしれない。