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きっかけはコロナ禍。コメディ監督が喜劇要素を封印
監督のアンセルム・チャンは喜劇の脚本家としてキャリアを確立した人物で、以前監督を務めた『不日成婚(原題)』シリーズはウェディングコメディ。初めて喜劇要素を封印した本作で葬儀業界を描いたことは、主人公のドウサンが結婚業界から葬儀業界に移ってきた設定とそのまま重なっている。
「コロナ禍で祖母や親戚、友人たちを何人も亡くし、葬式に何度も参加しました。そのうち、人間の存在意義がだんだんわからなくなってきたんです。人は何のために存在し、生きているのか。命や存在には意味なんかないんだ、と思ったことが構想のきっかけでした」

ところが脚本のアイデアを温め、周囲のスタッフやキャストと話し合ううちに考え方が少しずつ変化していき、物語は当初想像もしなかったところに着地した。「本作を通じて、僕自身が命や人生の意義を知った。とても個人的な映画になったと思います」と言う。
その個人的な映画が、香港社会にひとつのムーブメントを起こした。生と死、失われゆく伝統と現代、ジェネレーションギャップや男女差別を描いた本作は、約1.5億香港ドルという興行成績が示すとおり、今を生きる観客に深い感動をもたらしたのである。映画館を訪れた人々からは、「この映画に救われた」というメッセージが寄せられたという。

俳優陣の優れたアンサンブルを牽引するのは、ドウサン役のダヨ・ウォンと、マン役のマイケル・ホイ。ともに香港を代表する喜劇俳優だが、本作ではコメディ演技を封印し、抑制された芝居で人間の心理をじっくりとあぶり出す。ちなみにディレクターズカット版を製作したのは、「ダヨ・ウォンさんが観客の皆さんに約束してしまったから」だとか。
「通常版も僕が編集したので、どちらも本当はディレクターズカットなんです(笑)。だけど『もっと観たい』と言ってくださる皆さんの思いに応えたい、感謝したいと思い、上映時間の問題でやむなくカットした場面を復活させることにしました。以前のバージョンでは描ききれなかったことも十分に伝えられる、拡大版にして完全版だと思っています」
『大阪アジアン映画祭』のプログラミング・ディレクターを務める暉峻創三さんによると、本作はギリギリまで準備が行われていたそう。満を持しての世界初上映、もとより大きな注目を集めていた作品とあって、チケットはわずか数分で完売したという。