視聴者に日々の癒やしと感動を届けて来た人気の夜ドラ『ひらやすみ』がいよいよ最終週を迎えた。
関連イベント『夜ドラひらやすみを一緒に見ようの会』や『ファン・フェスティバルin阿佐ヶ谷』も大盛況となるなど、ドラマの舞台となった阿佐ヶ谷という街自体も盛り上げている『ひらやすみ』。
あっという間の5週間に、続編も期待される本作の第3~4週について、前半を振り返った記事に続いて、ドラマ・映画とジャンルを横断して執筆するライター・藤原奈緒がレビューする。
※本記事にはドラマの内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承下さい。
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自分を残して変わってしまった世界に感じる「寂しさ」

夜ドラ『ひらやすみ』(NHK総合)には、たくさんの言葉にならない「寂しさ」が転がっている。例えば第9回では、車で1人家に帰るヒデキ(吉村界人)の思いを、学生時代にヒデキとヒロト(岡山天音)が作った自主製作映画の最後の画面の「Fin」という文字が代弁する。結婚し子供が間もなく産まれようとしている彼は、ヒロトのように「あの頃と変わらない」ままではいられない。もしくは、第10回で実家の猫・ミーちゃんの訃報を聞いた後、ハリボテの家の窓の描きかけの猫の絵を見つめるよもぎ(吉岡里帆)の背中。あるいは、第12回で、釣り堀にいる誰もがなつみ(森七菜)の投稿漫画の受賞を祝う中、祝福するのに少しだけ時間がかかるあかり(光嶌なづな)がちらりと眺めるバケツの中で1匹だけの金魚。
それらはどれも、変わらない、あるいは変われない人が、変わってしまった世界に対して感じた「寂しさ」である。その、あまりにもリアルな手触りに、思わずハッとさせられる。その寂しさや切なさを私たち視聴者は身をもって知っているから、『ひらやすみ』が描くささやかな奇跡に、心動かされずにはいられないのだ。
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視聴者の「鏡」のようなヒデキ(吉村界人)とよもぎ(吉岡里帆)

全20回 / 5週の『ひらやすみ』が、早くも最終週を迎えた。第2週までは29歳のフリーター・生田ヒロトと、美大入学のため山形から上京してきたヒロトのいとこ・小林なつみという2人の「平屋暮らし」を中心に描いていた本作は、第3週以降「平屋の外側」も描き始めた。そこで映し出されるのは、変わらないヒロトと対照的な生活をしている人々の姿だ。
第9回では、ヒロトの親友・ヒデキ(吉村界人)のこれまでの言動に「見栄っ張りゆえの嘘」が含まれていたことが判明し、彼の変わらなさゆえの、彼の妻サキ(蓮佛美沙子)との間の衝突が明らかになった。また第10回では、仕事が忙しすぎて実家に帰る時間すらとれない日々の中で、実家の愛猫の死を知ってしまうよもぎの悲しみが描かれた。
ヒデキには家庭があり、子どもの誕生という一大イベントが間近に控えている。不動産会社でエースとして働くよもぎは、いついかなる時も仕事に追われるストレスフルな日常を送っている。ヒロトに対して「ずっと変わらねえから、お前といるのがめちゃくちゃ楽しい」と思うヒデキと、「みんながみんな、あなたみたいに生きられると思わないでよ!」とやり場のない苛立ちをぶつけてしまうよもぎは、ある意味、視聴者の「鏡」のような役割を担っていると言える。
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変わるなつみと変わらないヒロトの肯定

一方で、本格的に漫画家デビューを目指すことになったなつみの夢が現実になっていく過程と並行して、第1回におけるナレーション(小林聡美)の言葉を借りれば「何も変わらないのんきな青年」であるはずのヒロトがずっと変わらなかったわけではないことも明らかになった。なつみが青年向けコミック誌『スピリット』の副編集長・二階堂ヤスキ(駿河太郎)とのやりとりに一喜一憂する様子を微笑ましく、時に心配そうに見つめるヒロトは、その姿に、俳優を目指していたかつての自分を重ねる。
初めて芸能事務所を訪れた時にマネージャー(山中聡)から言われた「これからは楽しいだけじゃなくなるよ」という言葉が、「より多くの読者に届けるためにはどうすればいいかを考えろ」という二階堂の言葉と重なる。そこで示されるのは、プロになることのシビアさとともに、かつてヒロトが挫折した「売れなかったら負けって世界」になつみもまた足を踏み入れたという事実だ。そして「認められた」ことに喜ぶなつみと、かつて未来に期待を膨らませ、満月の下、嬉しくて阿佐ヶ谷まで走って帰ったヒロトの姿もまた重なるのである。
今、同じ満月をヒロトは縁側から見つめている。夢に向かってひた走ったかつての彼の姿も、釣り堀の常連さんにもらった栗で作った栗ご飯を嬉しそうに食べる現在の姿も、どちらも幸せそうだ。本作は、変わろうとするなつみも、変わらないことを選んだヒロトも、どちらも肯定してくれているのだ。