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能狂言ならではの表現で躍動する、原作のキャラクターたち
能狂言らしさを強く感じたのは、厩戸の母・間人媛の場面だ。演じる文藏は能面をつけ、厳かな装束で登場する。間人媛は、原作では全編を通して要所要所に登場する人物だが、今回の舞台ではそれを凝縮。山岸凉子の繊細で洗練された筆致を、能の研ぎ澄まされた表現で辿るように、悲しみの輪郭を浮かび上がらせた。能の世界において、子をもつ母親は馴染みのある題材。しかし「母親は子を愛するもの」の前提を逸脱し、間人媛は、魑魅魍魎と言葉を交わす我が子を愛せずにいる。その苦悩が面を通して伝わってくる。

毛人の妹・刀自古を演じたのは大槻裕一。橋掛りに現れた時は、愛らしい妹だった。しかし布都姫(鵜澤光)からの手紙を預かったことから、激しい感情と恐ろしい覚悟に飲まれていく。原作では段階的に変化していった彼女の明るさ、美しさ、絶望。舞台ではそれらをかいつまんだダイジェストではなく、その全て生きてきたかのような奥行きで演じてみせた。「兄上、兄上、兄上」という悲痛な声が耳に残っている。

かたや、泊瀬部大王(茂山逸平 / 9日のみ深田博治)と賊の者(高野和憲)の掛け合いは、「狂言」のイメージ通りの大らかなおかしみで楽しませる。物語においては残念な泊瀬部大王が、観客の心の拠りどころ。原作通りのキャラクター像で、狂言の強みをフルに活かし、大きな笑いを生みながら、物語を一気に押し進めた。
