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DAWとシンセサイザーがもたらした変化
閑話休題。コラボレーションに加えて、前作から本作までのあいだに起こったクリエイティブ上の大きな変化も見逃すことができない。DAW(※)を使った制作への移行だ。
※Digital Audio Workstationの略。コンピューター上で音楽制作を行うソフトウェアやシステムのこと。
『MUSICA』2025年5月号には、本稿執筆時点で唯一の『Gen』をめぐる本人インタビューが掲載されている。そこで星野源はアルバム制作の出発点を“創造”に位置づけている。かつ、それがDAWを使った制作が本格化した最初の曲だとも明言している。コ・アレンジや演奏も手掛ける、近年の星野源にとってもっとも重要な音楽的パートナーのひとりであるmabanuaの協力も得て、ギターを中心とした作曲からキーボードとDAWを前提とした作曲へシフトしたのが、『POP VIRUS』と『Gen』を分かつ最大のポイントだ。
mabanuaは「マバかいせついん」としてNHK『星野源のおんがくこうろん』Nujabes特集回にも出演。
こうした制作環境の転換は、作曲面でもサウンド面でも変化をもたらした。作曲面でわかりやすいのは、キーボードを使うことで、使える和音の種類や、和音のつくりかた(ボイシング)が変わる。ギターではそもそも鳴らすのが難しい複雑な構成の和音や、演奏の難しい進行を使えるようになる。さらにDAWでの打ち込みなら、そうした和音の構成を納得行くまで試行錯誤することもできる。
一方、サウンド面でいうと、『Gen』に如実にあらわれているシンセサイザーを使った音作りへの傾倒は、制作環境の変化がもたらしたものだろう。ここしばらく星野源がリリースしてきたシングルは、どれもキーボードのサウンドが印象的だ。たとえば“創造”の複雑に展開するチップチューン的なシンセサウンドや、“不思議”などで聴かれるノスタルジックできらびやかなDX7のエレクトリックピアノは、まさに楽曲そのものの顔といっていいだろう。

『Gen』のクレジットを見てみると、具体的な機種名が表記されているシンセサイザー(サンプラーやデジタルピアノも含む)は20以上にのぼる。前作『POP VIRUS』では10台にも届かなかったことを考えると、この数年でいかに星野源がさまざまなシンセサイザーとそのサウンドをディグって探求してきたかがうかがえるだろう。それまでは主にキーボーディストにシンセサイザーの演奏をまかせ、自分ではteenage engineering OP-1やArturia Minibruteといった機材(ミュージシャンとしてはきわめて実践的な選択だろう)を使ってきた星野源が、大量のシンセサイザーで自ら音作りして演奏しているのだ。
“異世界混合大舞踏会 feat. おばけ”に至っては実に15台が登場。Sequential Circuit Prophet-5やYAMAHA DX7といったド定番の名機だけではなく、Buchla Music Easelのようなコアな支持を得る西海岸式のクセの強いシンセや、PPG Wave 2.0 のようなウェーブテーブル式のシンセの名前もある。もっとも、大量のシンセを使いつつも聴きやすくまとまった“異世界混合大舞踏会 feat. おばけ”を聴く限り、個性的で多彩なサウンドをシンセを通じてつくりだすというよりは、自分の求めるニュアンスにあわせて細かく使い分けているという印象が強いのだが。
しかし、DAWを楽器として使いこなすことで新しい表現の幅を獲得していることがはっきりとわかるのは、和声やメロディよりもおぼろげなサウンドの厚みでドラマをつくっていく“Sayonara”のような曲だろう。この曲は、ベースの演奏にダニエル・クロフォードがクレジットされているのを除けば、ほぼ星野源がつくりあげたものだ。和声もメロディも他の楽曲に比べればシンプルで、展開もリニア。しかし、絞り出すような低い音から高音まで、幅広い声のニュアンスを聴かせるボーカルと共に、音の手触りや奥行きを重視した楽曲は、いままで知らなかったような星野源の姿を見せてくれる。今後、DAWを使ったサウンドメイクをよりいっそう掘り下げることで、“Sayonara”のような方向性が深められるかもしれない。